サウジ戦の位置付けが明確でなかった日本 敗戦を戒めとし、本大会への再スタートを

宇都宮徹壱

今予選、初めて心理的に優位に立つ日本

1試合を残してW杯出場を決めた日本。今予選で初めて、心理的に優位に立つこととなった 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 朗々としたアザーン(イスラム教の礼拝の呼びかけ)が聞こえてきたのは、ちょうどサウジアラビア代表の前日会見が行われた時のこと。オランダ人のベルト・ファン・マルバイク監督の言葉がいったん途切れ、メディアオフィサーが「アザーンが終わるまで、少し待ちましょう」と、その場を取り繕った。1分ほど会見が中断する間、アザーンの独特の階調に聞き入りながら、あらためて自分がディープなイスラム圏にいることを実感する。この数日、取材以外はホテルから出ることはなかったので、それは新鮮な体験となった。

 さて、この会見でファン・マルバイク監督は「日本との試合の7時間前(実際には7時間30分前)にオーストラリアとタイの試合が行われることに違和感がある」と語っている。現在、グループBは日本が勝ち点20で1位抜けが決定。2位サウジと3位オーストラリアは共に勝ち点16だが、得失点差2でサウジがリードしている。だが、オーストラリアが最下位のタイに大量得点で勝利する可能性があり、その場合は勝利だけでなくゴール数のプレッシャーも感じながら、日本との大一番に臨まなければならない。

 サッカーファンには言わずもがなであるが、リーグ戦の最終節は同時刻キックオフがセオリーである。それは、ワールドカップ(W杯)であれJリーグであれ変わらない。ところが9月5日のキックオフ時間は、オーストラリア対タイが19時、ヨルダンで行われるイラク対アラブ首長国連邦(UAE)が23時、そしてサウジ対日本は翌日の午前2時30分である(いずれも日本時間)。ちなみにグループAの3試合(カタール対中国、イラン対シリア、ウズベキスタン対韓国)は、西アジアでの開催ということで、いずれのキックオフも午前0時に設定されている。日本が所属するグループBだけが、極めて特殊な条件下にあったわけだ。

 こうした状況を踏まえると、日本は1試合を残してW杯出場を決めておいて、本当によかったと思う。もしもオーストラリア戦で勝ち点3を得られなかった場合、対戦するサウジにはホームアドバンテージ以外にも、UAE戦から中6日と日程的な余裕もあった。これに裏の試合でのシリアスな結果が加われば、かつてないプレッシャーを抱えたままサウジに挑むことになっていた。だからこそ8月31日のオーストラリア戦は、どんなに不格好な形であっても勝利する必要があったのである。そして日本は、この最終予選10試合目にして初めて、アウェーにもかかわらず心理的に優位な状態に立つこととなった。

「意外と手堅い」サウジ戦でのスタメン

この日の日本のスタメン。オーストラリア戦から4人が入れ替わった 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 メルボルンで行われたオーストラリア対タイのゲームは、45本ものシュートを放ったオーストラリアが2−1で辛勝。この結果、暫定で2位に浮上した彼らは、ジッダでの日本の勝利を祈ることとなった。一方、イラクとのアウェー戦に臨んだUAEは0−1で敗れて4位が確定。結果としてサウジアラビアは、目前の相手に勝利さえすればストレートでの本大会出場が決まり、引き分け以下に終わればオーストラリアに2位の座を譲ることとなる。かくしてグループB最後のゲームは、さまざまな思惑と打算が絡まる注目の一戦となった。

 サウジが「引き分け以上」ではなく「勝たなければならない」立場になったことは、日本にとって非常に好ましい状況となったと言えよう。これなら適度なインテンシティー(プレー強度)を相手に期待できるし、下手に敗れればオーストラリアの恨みを買うことになりかねない。日本は安全な場所に居ながらにして、このサウジ戦を単なる「消化試合」ではなく、本大会をしっかり見据えた真剣勝負として戦うことができるのだ。幾つかの偶然が重なったとはいえ、これほど理想的な展開を誰が予想できただろうか。この状況を受けて、ハリルホジッチ監督が選んだスターティングイレブンは以下のとおり。

 GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、吉田麻也、昌子源、長友佑都。中盤はアンカーに山口蛍、インサイドハーフに柴崎岳と井手口陽介。そして前線は、右に本田圭佑、左に原口元気、ワントップに岡崎慎司。オーストラリア戦から4人が入れ替わったが、「意外と手堅い」というのが率直な印象だ。15年10月の親善試合イラン戦以来のスタメン起用となる柴崎もさることながら、注目はやはり岡崎と本田(この試合ではゲームキャプテン)の復帰であろう。オーストラリア戦のシステムを踏襲しつつも、前線であえてベテランを起用する意図はどこにあるのか、気になるところだ。

 この日、会場であるキングアブドゥラー・スポーツシティには、ほぼ満員の6万2165人もの観客が詰め掛けた。報道によれば、サウジのサルマン皇太子がすべてのチケット(日本サポーター用と緩衝地帯を除く)を買い占めて、国民に無料でばらまいたという。宗教上の理由からか、地元の観客はほぼ男性で占められていて、ある種異様な空気感が漂う。気温は30度。日中と比べると下がったが、それでも湿度は60パーセントもあってかなり蒸し暑い。最終予選のラストマッチを勝利で飾りたい日本にとっては、想像していた以上に過酷なアウェー環境となった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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