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シャペコエンセに寄り添うJのサポーター
スルガ銀行杯は「忘れられないゲーム」に

8月15日にシャペコエンセを迎えるにあたって

ルヴァンカップ優勝の浦和は、初のスルガ杯でコパ・スダメリカーナ覇者のシャペコエンセと激突
ルヴァンカップ優勝の浦和は、初のスルガ杯でコパ・スダメリカーナ覇者のシャペコエンセと激突【宇都宮徹壱】

 8月15日は死者を悼み、想う日でもある。お盆で里帰りしている友人がSNSにアップした写真や、あるいは東京・千鳥ヶ淵で行われた戦没者追悼式の中継映像を見ていると、あらためてそのことを痛感し、時に厳粛とした気分になる。


 そんな15日に、スルガ銀行チャンピオンシップ2017(以下、スルガ杯)が埼玉スタジアム2002で開催された。8月上旬に行われることが多い同大会だが、お盆真っただ中に開催されるのは10回目となる今回が初めて。しかも、昨年ルヴァンカップで優勝した浦和レッズが迎えるのは、16年11月に起こったチャーター機墜落事故で多くの選手やスタッフを失った、ブラジルのシャペコエンセである。偶然というには、あまりにも出来過ぎたシチュエーションではないか。


 あの悲劇的な事故が起こるまで、シャペコエンセは日本のサッカーファンの間でも「知る人ぞ知る」存在であった。ホームタウンのサンタカタリーナ州シャペコは、人口20万人ほどの小さな町。クラブ設立も1973年と、さほど歴史があるわけではない。サンタカタリーナ州選手権では6回の優勝を誇るものの、全国レベルでのタイトルはなし。そんな、サッカー王国ブラジルによくあるようなクラブが、南米の主要タイトルのひとつであるコパ・スダメリカーナの決勝に進出したのだから、まさにおとぎ話のような大事件であった。


 そんなシャペコエンセが突然の悲劇に見舞われたのは、まさにコロンビアのアトレティコ・ナシオナルとのファイナル(ファーストレグ)に向かう途中でのこと。栄光と暗転のコントラストがあまりにも強烈であったため、南米のみならず全世界が衝撃を受けることとなった。また、ヴィッセル神戸を率いたカイオ・ジュニオール監督をはじめ、ケンペス(元ジェフ千葉、セレッソ大阪)、アルトゥール・マイア(元川崎フロンターレ)、クレーベル・サンタナ(元柏レイソル)といったJリーグゆかりの指導者や選手が犠牲になったことで、日本のサッカーファンの間でも追悼の輪が広がったことは記憶に新しい。


 事故後、アトレティコ・ナシオナルのタイトル辞退を南米サッカー連盟が受け入れ、優勝チームとなったシャペコエンセは今回のスルガ杯に出場することとなった。事故機から生還し、その後チームに復帰した選手は、残念ながら来日はかなわなかった。それでも、世界中のサッカーファミリーが追悼したシャペコエンセが、ここ日本で試合を行うことの意義は大きい。そんな期するものを胸に、会場の埼玉スタジアムに向かった。

シャペコエンセの猛攻を防いだ浦和の守備

スコアレスのまま進んだ試合は、終了間際に得たPKを阿部勇樹が決めて浦和が先制する
スコアレスのまま進んだ試合は、終了間際に得たPKを阿部勇樹が決めて浦和が先制する【宇都宮徹壱】

「今回のタイトルマッチに向けて、シャペコエンセは万全を期して臨んでくると思います。そうした姿勢にわれわれもしっかりと応えて、タイトルを取るために真剣に戦うこと。それが、相手チームへのリスペクトにもつながると考えています」


 浦和の堀孝史監督は、前日会見でこのように述べている。今回、スルガ杯に初出場となった浦和は、7月30日にミハイロ・ペトロヴィッチ監督が成績不信で解任されたばかり。思えばサンフレッチェ広島監督時代も含めて、11年にわたる日本での指導歴の中で唯一のタイトル獲得となったのが、16年のルヴァンカップであった。今回のスルガ杯は、まさに「ミシャの置き土産」と言えるものであり、残された選手やスタッフも強く自覚していることだろう。


 実際、前半の浦和は押し気味にゲームを進めた。柏木陽介、さらには最終ラインの中央に入ったマウリシオ・アントニオから効果的な縦パスが入り、たびたびチャンスを迎える。対するシャペコエンセは、浦和の攻撃に対応するのに精いっぱいで、前半のシュートはわずかに1本(浦和は3本)。その理由についてヴィニシウス・ソアレス・エウトロピオ監督は「相手の変則的なフォーメーションに対応するのに時間がかかってしまった」と語っている。浦和の可変フォーメーションは、ブラジルでは未知のものだったのだろう。前半は0−0で終了。


 後半はシャペコエンセが主導権を握る。ルイス・アントニオのFK、あるいは右サイドを駆け上がるアポジのクロスに、193センチのトゥーリオ・デ・メロが高い打点から何度もゴールを狙う。後半13分には、左サイドでスルーパスを受けたアルトゥール・カイケが2度シュートを放つも、これは浦和GK榎本哲也が好判断で防いだ。後半の浦和は、相手が自陣に攻め込んでくるたびに的確かつ献身的なディフェンスを見せて、失点ゼロの状態を保ち続ける。6月から7月にかけて、大量失点を続けてきたチームとは思えない鉄壁ぶりだ。


 このままPK戦突入と思われた後半43分、前線のズラタンが相手DFともつれるようにして倒れる。何でもないプレーのようにも見えたが、主審はPKの判定。即座にシャペコエンセの選手たちが猛烈に抗議した。ピッチ上の選手全員がレフェリーを囲む抗議は6分近くにも及んだ。決して褒められた行為ではないが、それだけ彼らがこのタイトルを欲していたのは間違いない。しかしジャッジは覆されることなく、キャプテンの阿部勇樹が冷静にゴール右隅にボールを流し込み、結果としてこれが決勝点となった。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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