「彼は宇宙人」意外性の男・多田修平
メンタルタフネスを武器に世界陸上へ

相手が強いほど楽しめるタイプ

初の世界選手権に臨む多田修平。実力はもちろん「精神面の強さ」も彼の武器だ
初の世界選手権に臨む多田修平。実力はもちろん「精神面の強さ」も彼の武器だ【写真:アフロ】

「いつもポジティブで、ネガティブな言葉を漏らすのをほとんど聞いたことがありません」

 関西学院大陸上競技部の林直也コーチが、そう言って目を丸くした。いまや日本の陸上男子短距離界のホープに浮上した教え子の多田修平について、最大の特徴を開口一番挙げてくれたときの言葉だ。


 次いで「(まだ名前が知れ渡る前だった)4月下旬の織田記念は桐生祥秀くん(東洋大)の9秒台突入に注目が集まっていましたが、レース前に(多田は)『逆に楽しみです』と言ったんです。ほかの試合でもこんな感じですし、相手が強いほど楽しめるタイプみたいなんです」とも付け加えた。織田記念の結果は10秒24の自己記録で(6月に10秒08に更新)、桐生に続く大健闘の2位だった。


 開幕が4日(日本時間5日未明)に迫った世界選手権(イギリス・ロンドン、13日まで)で男子100メートルと4×100メートルリレー(起用されるかは未定)での活躍が期待される21歳。林コーチも指摘する強烈なピッチの速さと加速力が武器だが、精神面の強さにもよくよく注目すべき秘密があるのだろうか。


 以下は本人の弁。


「だいぶ負けず嫌いですね。相手がどれくらい強いのか、自分の力がどれくらいかチャレンジするのが楽しみなんです。ネガティブな発言や思考は極力しないようにしていて、負ける映像をあまり思い浮かべたくないので、常に勝つことを考えています」

後十字靱帯損傷後も……やっぱりポジティブ

 そんな負けん気の強さが如実に表れたレースがある。多田19歳、大学1年だった一昨年8月下旬の近畿選手権だ。大学に入学した多田は林コーチの下でスピード強化を重視したメニューに取り組み、メキメキと頭角を現していた。男子100メートルには住友電工や大阪ガスに有力な選手がそろい、さながら多田vs.社会人勢の様相を呈していた。


 強敵相手でも負けるわけにはいかない。多田はそう考えていた。ところが、レースは終盤に追い上げられる競った展開に。「その気持ちが、あの結末につながったのかなと思います」。多田は倒れ込みながらフィニッシュラインを越え、左ひざを強打する。後十字靱帯の損傷。数カ月の戦線離脱を余儀なくされるケガを負ってしまった。


 その代わりにと言うべきか、ライバルたちに優勝を譲ることはなく、自己記録の10秒27をたたき出していた。このとき多田の胸の内ではこんな思いが去来する。


「世界に行くチャンスだな。これで目標が明確になった」


 大ケガを負い、いつ復帰できるとも知れないというのに、何という前向きな思考。今季の活躍へとつながっていく強烈な意地が頭をもたげていたのである。

大阪桐蔭高時代の“脳トレ”

 前述の話の後に、多田はこうも語った。


「高校のときに毎日日誌をつけていて、日々目標を書いていたんですよ。目標にネガティブなことは書かないものだから、それがポジティブな考え方につながっているのかなと思います」


 大阪桐蔭高校時代に付けていた日誌の存在。それは「大舞台で過大なストレスがかかると脳は機能しなくなる。脳を鍛えることは有効だ」と考える花牟禮(はなむれ)武監督が部員に行っていた“脳トレ”の一つだった。大阪市内の公立中陸上部で何人もの全国覇者を育て、人材育成に関する著書もある教育コンサルタントのメソッド「3分間作文」を取り入れたものだった。


 花牟禮監督が言う。

「毎日テーマを与えます。競技力と集中力の関係とか、1カ月の目標とか。それを3分間で書く。そのうちに集中力やポジティブ思考が養われていくんです」


 ほかには、練習の前に、例えば相手が「お・お・さ・か」と言ったら「か・さ・お・お」と返す「逆さ言葉」、相手が出したグー・チョキ・パーに対して手で負けて脚で勝つように出す「反応ジャンケン」にも取り組んだ。「筋肉と同じで、脳は鍛えると活性化するものですから」(花牟禮監督)


 多田を知る人からは「彼は宇宙人なんです(笑)。こちらが無理だろうと思っても、何をしてくれるか分からないところがある」と、その意外性を指摘する声が聞かれる。多田自身も「僕は練習の方が遅くて、試合になるとテンションが上がって急激に(タイムが)上がる。本番に強いタイプです」という自覚がある。いわば天性の“宇宙人的なメンタルタフネス”を備えていて、それが高校時代の“脳トレ”で磨かれたということになる。

高野祐太

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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