異例の“少数精鋭”となった競泳代表 世界水泳へ、苦渋の決断に至った背景
記録は『出す』レースをしないと出ない
女子平泳ぎ代表に選ばれた鈴木聡美(左)と青木玲緒樹(中央)は、記録を出す泳ぎを見せた。写真は女子200メートルの表彰式、右は3位の清水咲子 【写真:田村翔/アフロスポーツ】
背泳ぎで言えば、寺川が持つ日本記録は、50メートルの27秒51と、100メートルの58秒70。寺川の100メートルにおけるラップタイムは、28秒77だ。クイックターンをする分を考えても、ほぼ全力で前半の50メートルを折り返している。
今大会の女子背泳ぎ勢の結果を見てみると、50メートルを制した諸貫瑛美(スウィン館林)のタイムは、27秒98。しかし、諸貫の100メートル背泳ぎの決勝でのラップタイムは、29秒55。100メートルで優勝した小西杏奈(中京大)、2位の竹村幸(イトマン)、3位の酒井夏海(スウィン南越谷/武南高)らも、29秒台でターンしている。
彼女らは全員、50メートルでは27秒まで届かずとも、28秒前半の自己ベストを有している。そう考えると、今回の100メートル背泳ぎのレースは、積極的に記録を狙ったレースだったか、と聞かれると、否定せざるを得ない。
単純な比較はできないが、積極性という意味では、女子100メートル平泳ぎが分かりやすい。この種目で優勝した青木玲緒樹(ミキハウス)の前半のラップタイムは31秒43。2位の鈴木は31秒20でターンしている。そして、50メートル平泳ぎの結果を見ると、日本記録を出した鈴木は30秒66。青木は31秒81(予選は31秒62)だ。ほぼ全力に近い状態で、前半から攻めているのである。
女子の背泳ぎでは、自己ベストと同タイム、もしくはそれ以上のタイムを出さなければ派遣標準記録に届かない選手が多い状態で、なぜ前半から攻めるレースができないのだろうか。
そこには、1位になれば『メドレーリレーで選ばれるだろう』という意識が、ほんの少しだけ頭の片隅にあるからではないだろうか。だから、“負けない”レースをするのである。後半にバテてしまうことを嫌い、前半から攻めるレースをできなくしてしまうのだ。
女子背泳ぎは選考なし……水泳連盟の決断
男子200メートル平泳ぎで優勝し、北島康介氏(左)に祝福される小関也朱篤。“精鋭”のひとりとして、世界水泳に臨む 【写真は共同】
男子の場合は、バタフライ以外の自由形、背泳ぎ、平泳ぎにおいては、個人で日本水泳連盟が定めた派遣標準記録を突破済み。また、女子は自由形とバタフライは池江璃花子(ルネサンス亀戸)のみという状況だが、その自由形とバタフライに加えて平泳ぎも、男子と同様に個人で派遣標準記録を突破している。女子はただひとつ、背泳ぎだけが派遣標準記録も、FINAスタンダードAも突破できなかったのである。
従来であれば、4人の合計タイムがメドレーリレーの選考基準となっていた。しかし、それだと1人がレベルの高い記録を出せば、残りの選手はかなり遅くても選考されてしまう。果たして、それが今後の強化に良い影響を与えるのか――これまで疑問に思うところであったが、今回は個人種目だけでなく、メドレーリレーメンバーとしての女子背泳ぎ勢の代表選考は見送られた。
メドレーリレーメンバーを選ばないことは、個人種目に選ばれた選手たちの負担が増えるということ。また、専門外の種目を泳がなければならない場合も出てくるため、世界で戦えるかどうかも予想がつかなくなってしまう。日本が常に世界でメダル争いを続けてきたメドレーリレーでのこの選考は、まさに苦渋の決断となった。
ただ、見方を変えれば一丸となって、同じ目標に向かって突き進めるチームになったのではないだろうか。2004年のアテネ五輪では、厳しい派遣標準記録を設定し、それをクリアしたたった20人の選手団ではあったが、合計10個のメダルを獲得した。まさに少数“精鋭”だった。
今回の場合は、多くの選手に世界の舞台を経験させたいという意向から派遣標準記録を下げたものの思惑どおりにはいかず、結果的に少数体制になった。しかし今回の選手団には、 本気で世界でメダルを取る、戦うんだという強い意志と目標を持った選手たち18人が集まっている。苦渋の決断が、英断だったかどうか。それが分かる7月の世界水泳本番を今は楽しみに待ちたい。
※FINAが設定している、世界大会の参加標準記録。各種目1国2名の出場権を得るためには、FINAスタンダードAの記録を突破する必要がある。1国1名の標準記録は、FINAスタンダードB。