稀勢の里と高安、躍進生んだ相乗効果 兄弟弟子の”絆”は言葉いらず

荒井太郎

弟弟子・高安の援護射撃で連覇

2場所連続優勝を果たし、パレードを行う稀勢の里(右)と旗手を務めた高安 【写真は共同】

 3月場所千秋楽、新横綱稀勢の里の劇的な逆転優勝が決まると、東の支度部屋では付け人たちが手をたたきながら歓喜の雄叫びを上げた。西の支度部屋ではテレビでその瞬間を見届けた弟弟子の関脇高安が、人目をはばかることなく声をしゃくりあげて泣いた。
「すごいの一言です。本当に感動した。ありがたいです」

 表彰式が終わると1月場所に続き、高安は“主役”とともに“旗手”としてオープンカーに乗り込み、パレードを行った。初優勝した1月場所を「高安のおかげ」と振り返る稀勢の里。弟弟子が横綱白鵬を破ったことが結果的に、兄弟子の初賜盃の援護射撃となった。そして今場所も本割、決定戦と稀勢の里が相対した大関照ノ富士に、高安が6日目に土をつけたことで、新横綱Vを呼び込んだ。まさに稀勢の里の連覇は、兄弟弟子の強い絆がもたらしたと言えるだろう。

めっきり減った2人の会話

 ここ何年かは来る日も来る日も三番稽古(※実力の近い力士が2人で稽古を続けること)に明け暮れている2人。昔は当然ながら稀勢の里が圧倒していたが、最近は日によっては互角に近い内容のときもあり、三番稽古の立ち上がりは高安が優勢であることは珍しくなく、稀勢の里がやおらペースを上げていくというパターンが目立つ。

「高安が大関を狙える力がついたのは稀勢の里のおかげだけど、稀勢の里にとっても高安の力を引き上げつつ、自分の稽古にもなったはず。そのおかげで横綱になれたのは間違いないでしょう」と話すのは、2人が所属する田子ノ浦部屋付きの西岩親方(元関脇若の里)だ。

 互いが互いを認め合う存在ながら、実は稽古場で2人が会話をする光景はもう何年も見られない。稀勢の里が直接、高安にアドバイスを送ることもない。さらに稽古後はそれぞれ2人が別々に記者に囲まれたり、それぞれの関係者と談笑したり記念撮影に応じたりと、兄弟弟子同士の絡みはなかなかない。

「関取になると一人前。細かいことを言われるのは嫌だなと自分は思っていたので」と西岩親方。現役時代は自身の付け人を務めていた10歳年下の稀勢の里(当時は萩原)に、相撲のイロハをたたき込んだが、やがて自分のもとを巣立ち関取に昇進すると、もう何も言わなくなった。ただし、ぶつかり稽古では大兄弟子が元気なうちは、弟弟子が関取になっても胸を出し続けた。普段の会話はめっきり減ったが、体と体をぶつけ合うだけでお互いに何かを感じ取っていた。

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著者プロフィール

1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。『大相撲八百長批判を嗤う』では著者の玉木正之氏と対談。雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

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