稀勢の里と高安、躍進生んだ相乗効果 兄弟弟子の”絆”は言葉いらず

荒井太郎

花開いた先代の教え

稽古を行う稀勢の里(右)と高安。この積み重ねが躍進につながった 【写真は共同】

「鳴戸部屋は昔からそういう雰囲気でしたね」と西岩親方は言う。

「自分1人で強くなったと思うなよ」というのが、亡くなった先代鳴戸親方(元横綱隆の里)の口癖だったらしい。部屋は基本的に出稽古を行わない。その理由の1つを生前にこう話していた。

「関取衆が出稽古に行けば、若い衆には誰が稽古をつけるんだ」
 若い衆が身の回りを世話することで、関取衆は相撲に打ち込むことができる。その恩義は下の者の実力を引き上げることで返さなければならない。

 大関時代の稀勢の里に出稽古を勧めていた親方衆は少なくなかった。自分よりも強い相手と稽古をしなければ、力がつかないというのが大きな理由だ。しかし、当時の大関は全く出稽古に行かなかったというわけではないが、かたくなに先代の教えを守り抜いた。やや回り道をしたがそのおかげで今、くすぶっていたものが大きく花開いたような気がしてならない。

互いの躍進がモチベーションに

 1月場所の高安は11勝を挙げて敢闘賞を受賞した。特に9日目は強烈なかち上げで白鵬を弾き飛ばす快勝で、「あの相撲が(15日間の中で)一番会心の相撲だった」と自信を深めた一番となった。

 さらに「自分が優勝したみたいにうれしかった。間近で見ていますから、感化されるものがありました。僕も優勝したいと思いました」と兄弟子の初優勝でモチベーションもアップ。満を持して臨んだ3月場所も抜群の安定感で初日から新横綱稀勢の里とともに、10日目まできれいに白星を並べた。翌日から手痛い3連敗を喫したが最終盤で立ち直り、兄弟子が連覇を果たした場所で自身も12勝をマーク。5月場所は大関取りを迎えるが、今の実力ならば初賜盃も夢ではないだろう。

 稀勢の里の胸を借りながら大関を十分に狙える実力を身につけてきた高安。出稽古に行かなかったことで稀勢の里は、胸を出しながら弟弟子の成長を日々、肌で感じ取っていたはずだ。その喜びこそが自身の大きな原動力にもなっていることだろう。

「兄弟弟子は友達関係ではない。特に言葉を交わさなくても、お互いがお互いに感謝していると思う」と西岩親方は語る。

 互いの相乗効果が今は大きなうねりとなって土俵上を席巻している。この現象はさらに猛威を振るいながら、まだしばらく続きそうだが、それはまさに先代師匠の遺産ではないだろうか。

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著者プロフィール

1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。『大相撲八百長批判を嗤う』では著者の玉木正之氏と対談。雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

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