大躍進の尾崎里紗が持ち帰った自信と課題 “一枚のチラシ”から始まったテニス人生
「過去の自分」との差がスランプへと繋がる
思い描いた通りのテニスができていたという、19歳の頃の尾崎里紗 【Getty Images】
「あの頃は、ラケットが卓球のラケットくらいの大きさに感じた。手とラケットが一体になっていて、自由に扱える感覚だった」
最も自信を持つスピンを掛けたフォアの強打で、上位勢相手にも打ち勝った手応え――その手のひらの感覚が、“2年目のジンクス”的な重圧と、プレースタイルの模索の中で消え失せていく。焦りは迷いを誘発し、自身へのいら立ちを生む。試合中にも“あの頃の感覚”を追い始めると、目の前にいる対戦相手の心理はおろか、立つ位置すら見えなくなり始めていた。
そのような状況から抜け出したひとつの契機は、2015年末に、メンタルコーチに師事し始めたことだろう。まずは「自分を責めずに褒める」ことから始めた彼女は、19歳の頃の幻影とも、徐々に折り合いをつけ始める。
「あの頃の感覚には、戻ろうと思って戻れるものでもないだろうし……あまり考えないようにしています」
過去を振り切り未来に目を向けると、敗戦を引きずることも少なくなり、1年を通じて安定した結果を残せるようになった。またプレースタイルに関しても、試行錯誤を繰り返しながらも「自分の持ち味は粘り」だと明言できるまでになる。その背景には、昨年末からトレーナーに師事し強化したフィジカルと、それにより生まれたスタミナ面の自信もあった。
相手の弱点を突きメンタルをも突き崩す
マイアミ・オープン1回戦で63位のルイザ・チリコ(米国)から3−6、7−5、6−1の逆転勝利を奪った時、コーチの川原は会心の笑みを見せた。
川原の言う「このテニス」とは、「相手の心を乱すテニス」。相手の動きを見極め、心理を読み、苦手な点を突くことでプレーを崩し、最終的にはメンタルをも突き崩す……それが、現在2人が目指すスタイルだ。
この日の対戦相手のチリコの武器は、破壊力を秘めたフォア。第1セットはその強打に押されて失うが、2セット目に入ると尾崎は、高低差と緩急をつけた配球で、あえて相手のフォアを狙った。
「パワーはあるけれど、フォアの方が崩せると思った」
果たして彼女が看破した通り、高く弾むスピンで左右に走らされ、低く滑るスライスを膝を曲げ打たされたチリコは、徐々にショットが乱れ、明らかに体力も削られていく。1時間1分を掛け尾崎が第2セットを奪った時、事実上の勝敗は決した。
以降も尾崎が「相手の心を乱すテニス」を完遂したことは、勝ち上がりのスコアが雄弁に物語る。2回戦は第16シードのキキ・ベルテンス(オランダ)相手に6−4、4−6、6−1。3回戦のユリア・ゲルゲス(ドイツ)は7−6、6−3。いずれも序盤〜中盤の接戦を競り勝ち、終盤で一気に突き放す。両方の試合で相手が見せたいら立ちの表情は、尾崎にとっての勲章だ。
「目指すスタイルが明確になった」
「私がいつも相手にしているようなプレーを、今日はケルバーにされた」
試合後の尾崎は、少し落胆の色を見せながらも、冷静に振り返る。
そのような相手と対峙(たいじ)した時、どう戦うべきなのか……?
それはこの場所で、この相手と対戦しなくては知りえなかった、掛け替えのない財産だ。何より今の彼女は、自分の進む道に迷いを抱いていない。
「目指すスタイルが明確になったと思いますし、自分の中でイメージ的に固まっている。その考えているプレーを今後、どうすればこういう大きな舞台で発揮できるのか、自分で追及していきたいです」
濃密な6試合を戦い抜いた1週間の最後に、彼女はそう宣言した。
アジアから北米に及ぶ長い遠征を終えた尾崎は、約1カ月半ぶりに帰国の途につく。生まれ育った郷里に戻れば、持ち帰った自信と課題を次につなげるべく、再び練習に励むのだろう。
15年前の春にチラシを手にした校門の、すぐ隣にある、始まりの地のテニススクールで――。