未来からのメッセージ。ヴゼットジョリー「競馬巴投げ!第134回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

大イビキをかいて寝ている古女房が元天使かも

[写真5]ジューヌエコールは素質、能力ともに奥が深そう 【写真:乗峯栄一】

 特に「ベルリン」では、エンド・ロールの最初に「すべての元天使、特にヤスジロー、フランソワ、アンドレイに捧ぐ」と出る。「フランソワ」はフランソワ・トリュフォーだろう、「アンドレイ」はソ連時代の有名監督アンドレイ・タルコフスキーらしい(まさかプロレスのアンドレ・ザ・ジャイアントじゃないよな)。しかし衝撃は一番最初に出てくるヤスジローだ。これはやはり小津安二郎だろう(まさか堤義明の父親の堤康次郎じゃないはずだ)。

 調べてみると、「ベルリン」の監督ヴィム・ヴェンダースはとにかく小津安二郎ファンで、小津の「東京物語」を追体験するドキュメント「東京画」という映画を作ったり、「東京物語」の第二の舞台となった尾道を撮影して写真展をやったりしている。

 つまり重要なことは尊敬したり影響を受けた人はすべて「元天使や元エンジェル」であり、「メッセンジャー」だと定義できるということだ。

 横で大イビキをかいて寝ている古女房が元天使(神からのメッセンジャー)であることも十分ありえる。

競馬場にいるよれよれのおじさん、もしかしたら……

[写真6]ファンタジーSで2着に逃げ粘ったショーウェイ、ここも逃げの一手か 【写真:乗峯栄一】

 そうかもしれないと思う。ある程度競馬やってきた人間ならこれは実感できる。

 メッセンジャーという仕事は、悲しいことだが、基本的に「メッセージの受け手から信頼されない」というところで成り立っている。

「伝わらないことは分かってるんだけど」と思い、口ごもる人間しかメッセンジャーにはなれない。

「よお、山ちゃん、山ちゃん、元気? そうか、山ちゃん元気か、そりゃよかった」などと意味不明の言葉で近づいてくる中年男が競馬場にはいる。

 この中年男はくたびれた背広の内ポケットから封緘札束のようなものをチラッと見せて、「いや××調教師からいい情報もらってな、いや××とは、へへ、女がらみのちょこっとした知り合いなんや、それで色々情報が入ってな、へへへ」

 中年男は小指を立てたりして、くたびれた風体の割には饒舌に喋る。

 こういうとき「おじさん、仕事は何?」と聞いてみるのが一番いい。おじさんは「それを聞くのか」と急に襟を正すから。

 おじさんはあたりをはばかる素振りをしたあと「メッセンジャー」と早口に言う。

「ああ、バイク便の?」

 第二の質問はこれが一番正しい。メグ・ライアン方式だ。

 おじさんはちょっと困った顔をして「いや、つまり未来からの」と口ごもりながら言う。

[写真7]差しにかけるディーパワンサ、内枠をどうさばくか 【写真:乗峯栄一】

 問題はこの後だ。「今日のメイン、とっておきの情報教えたるわ、絶対ここだけの秘密やで」と口に人差し指をくっつけて、穴場の方に強引に引っ張っていったら怪しい。ほんとの未来からのメッセンジャーなら、そんな胸張って堂々としない。

 逆に、もし万が一、よれよれの背広を寒そうに重ね合わせてうなだれ、「こんな荒唐無稽なこと言ってごめんね」とこっちを見上げてきたら要注意だ。

「メッセンジャーであることを隠すために“調教師からの情報”などという上っ面なことまで言ってしまった、ああ恥ずかしい」と悲しそうな顔をしていたら、ほんとに未来からのメッセンジャーかもしれない。

 ここが難しい所だが、エンジェルは胸を反らさない。ロサンゼルス・トレードセンタービルの最上階で寒さに震えるニコラス・ケイジや、ベルリンのジーゲスゾイレ女神像の翼の上で下界を見て泣いているダミエルのように、「いやだ、未来からのメッセンジャーなんて。人間になりたい」とほんとのエンジェルならいつも悩んでいるからだ。

 阪神競馬場、一階32番柱付近、あなたのそばでワンカップ酒を持ち、寒さに震えながら「11レース、に〜ご〜」などと唸り、「でも誰も聞かないよなあ、こんな酔っ払いの言うことなんて」と手の平で涙ぬぐっているおじさんがいたら、それはほんとに未来からのメッセンジャー・天使である確率が高い。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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