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ビーチバレー転向を決めた石島雄介の胸中
五輪や最後のVリーグに懸ける思いを語る
ビーチバレー転向を発表した石島雄介に胸の中にある思いを聞いた
ビーチバレー転向を発表した石島雄介に胸の中にある思いを聞いた【カワサキマサシ】

 バレーボール選手であれば、誰もがいつかはシューズを脱ぐときがやってくる。そのあと、革靴に履き替えて社業に専念する者もいれば、新たな道を歩む者もいる。全日本でも活躍した石島雄介は今季限りで堺ブレイザーズを退団し、ビーチバレーに転向することを発表した。彼は自らの次の道に、何も履かず裸足で進む。ビーチバレー転向を決めるまでの心の動き、Vリーグでは最後となる今季に懸ける気持ちなど、「ゴッツ(石島の愛称)」の胸の中にある思いを聞いた。

ビーチ転向は「遅すぎると思ったくらい」

シーズン前に転向を発表したのは最後の試合を観てもらい、感謝の気持ちを伝えたいから
シーズン前に転向を発表したのは最後の試合を観てもらい、感謝の気持ちを伝えたいから【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

──ビーチバレー転向を思い立ったきっかけを教えてください。


 自分自身の次のステップを考えたときにインドアで、このチームで最後までいきたいという思いもあったし、将来は指導者になりたいという思いもありました。そうではなく、また違うステップ、厳しいことを承知でビーチバレーに向かうということが、今年になって自分の進路の選択肢の一つとして出てきました。決断してからは、こんなに次々といろいろなことが決まって、物事が流れていくんだと驚いています。


──ビーチバレー転向への思いは突然湧いてきたのか。それとも以前から心のどこかにそういう気持ちがあったのでしょうか。


 おそらくあったんだと思いますけれど、現実的ではないとも思っていました。僕が22歳のときに、プレーヤーとしての将来設計を書いたことがあったんです。それは適当にササッと書いたものだったんですが、22歳でナショナルチームに入って、その後にブラジルに行く。その次のストーリーは2008年、12年に五輪出場。そして16年くらいからビーチバレーか、インドアみたいなことが書いてありました。ビーチに対する魅力を感じていた部分はあったけれど、実際に職業としてやることに関しては、漠然としていた。遊びではあったとしても、職業としては考えていなかったですね。


──ビーチバレーが次のキャリアの選択肢に入ってきて、転向する気持ちはすぐに決まりましたか?


 決まらなかったですね。僕自身は最低でもあと2年はインドアでやるものだと思っていました。ビーチバレーを本格的にやる難しさは知っていたし、年齢(現在32歳)のこともあります。だから簡単に決断できるものではないと分かっていました。


──本格的にやるなら、今が最後のタイミングだった?


 そうですね。もう、遅すぎると思ったくらいです。


──ビーチバレー転向の発表はなぜVリーグの開幕前に行ったのでしょうか。


 Vリーグの選手は5月の黒鷲旗(全日本男女選抜大会)を最後に引退したり、社業に専念することが発表されます。それがだいたい、黒鷲旗の2週間くらい前なんですよね。僕はVリーグでプレーした10年間で、全国のいろいろな人のお世話になりました。その感謝の気持ちを伝えられる場所は試合会場しかない。Vリーグは場所によっては、年に1回しか見てもらえる機会がないこともあります。お世話になった人、応援してくださった人たちに、僕の最後の試合を観ていただいて、感謝の気持ちを伝えたい。そういう思いからクラブとも相談して、開幕前に発表することになりました。

結果を出すことで見返したい

石島(16番)は2008年の北京五輪出場をキャリアのハイライトと語る。東京五輪へも強い思いを抱く
石島(16番)は2008年の北京五輪出場をキャリアのハイライトと語る。東京五輪へも強い思いを抱く【写真:アフロスポーツ】

──公式ブログに「ビーチバレーに転向して、20年の東京五輪を目指したい」と書かれていました。08年には全日本メンバーとして、北京五輪に出場しています。自身のキャリアのなかで、五輪出場はどんな位置付けですか。


 24歳のときに北京五輪に出場させてもらいました。勝てなかったですけれど、出られた重みをあとになって感じました。出てみないと分からないものがありましたし、やはり素晴らしいなと感じました。自分のキャリアのハイライトですし、五輪に対する思いは強いです。五輪に出て、失敗して学んだことが多い。だからインドアではかなわなかったですが、それをもう一度生かすチャンスが欲しいんです。


──北京五輪に出場した経験が、ビーチで五輪を目指す大きな要因にもなったのではないですか。


 大きいと思います。ましてや、次は東京。自国開催であることも、大きな要素になっています。でも今の僕は正直、日本のトップ10にすら入れない実力だと思っています。そこに食い込んでいくことは並大抵のことではないし、みんなが狙っている五輪出場を自分が奪い取るには、かなり努力しないといけない。


──五輪の何が、石島選手を惹きつけるのでしょうか。


 見返してやりたいという気持ちがあるんですよね。もともと僕、「見てろよ」って思うタイプなんです。


──見返すとは、北京で結果が出なかったことに対して?


 それもありますし、自分自身への評価やイメージに対してもそうです。あのときのことを上辺でしか知らない人、上辺でしかものを語っていない人に対して見返してやりたいという思いがありますね。だけどスポーツですから、いくらいろいろなことを言っても、プロセスを語っても意味がない。そういうのは、結果を出すことでしか示せない。

カワサキマサシ
カワサキマサシ
大阪府大阪市出身。1990年代から関西で出版社の編集部員と並行してフリーライターとして活動し、現在に至る。現在は関西のスポーツを中心に、取材・執筆活動を行う。