コンテ率いるチェルシー躍進の秘密 戦術の最先端が詰まった3バックとは?

片野道郎

リーグ戦の直近5試合で16得点、失点はゼロ

チェルシー躍進の秘密はどこにあるのだろうか? 【写真:ロイター/アフロ】

 イタリア人監督アントニオ・コンテ率いるチェルシーが、プレミアリーグで旋風を巻き起こしている。

 開幕3連勝と好調なスタートを切ったものの、第4節に格下スウォンジーと引き分け、続くリバプール、アーセナルとの直接対決にあえなく連敗して順位を7位まで落とした9月末には、マスコミがおおっぴらにコンテ解任説まで取り沙汰すほどだった。しかし10月に入って、システムをそれまでの4バック(4−1−4−1)から3バック(3−4−2−1)に変更したのをきっかけに、試合内容も結果も一変する。

 第7節ハル・シティ戦から先週末の第11節エバートン戦まで5連勝、しかも16得点0失点という圧倒的な強さを見せて、一気に首位戦線までジャンプアップを果たした。

 初めて3バックを採用した現地時間10月1日のハル・シティ戦(2−0)は、明らかな格下相手だったため、ある意味で「勝って当然」の試合だった。しかし国際Aマッチウイークによる2週間のブレークが明けてからは、昨シーズンの王者レスターに3−0で完勝したかと思えば、ジョゼ・モウリーニョ率いるマンチェスター・ユナイテッドに4ゴールをたたき込み、サウサンプトンに2−0、そして先週末には好調エバートンを5−0で一蹴するなど、圧倒的な強さを見せつけている。リーグ戦5試合で16得点という得点力もすさまじいが、それ以上に驚かされるのは失点ゼロというディフェンスの固さである。

 このひょう変ともいうべきチェルシーの変化、そして躍進の秘密はどこにあるのだろうか?

「コンテらしさ」を持つチーム

 レスター戦以降の3試合、3−4−2−1システムのスタメンは以下の11人で完全に固定されている。これが現時点におけるチームの完成形と見ていいだろう。

GK:ティボー・クルトワ
DF:セサル・アスピリクエタ、ダビド・ルイス、ガリー・ケーヒル
MF:ビクター・モーゼス、エンゴロ・カンテ、ネマニャ・マティッチ、マルコス・アロンソ・メンドーサ
OMF:ペドロ・ロドリゲス、エデン・アザール
FW:ジエゴ・コスタ

 4バック(4−1−4−1)のチェルシーは、チームとしてまだかみ合っていないという印象もあり、明確なアイデンティティーを確立するには至っていなかった。しかし、この3−4−2−1のチェルシーは、システムが導入されてまだ1カ月にもかかわらず、すでに「コンテのチームらしさ」をはっきりと持っている。

 低めに位置した最終ラインでのパス回しで敵を前に引き出し、そこから一気に縦に展開して攻撃を加速する「中盤でのポゼッションを省略した」ビルドアップ、左右のウイングバックが高い位置まで張り出すことで敵の最終ラインを押し広げ、それによって生まれた中央のギャップを突く崩しのフェーズ、アグレッシブなハイプレスと自陣にコンパクトなブロックを築いてのロープレスを効果的に使い分ける守備――。

 これらの特徴は、コンテがかつて率いたユベントスやイタリア代表にも共通するものだ。もちろん、コンセプトは同じでも戦術やプレーのディテールはチェルシーが擁する選手のクオリティーと個性に合わせて最適化されている。

 例えば最終ラインからのビルドアップ。ユベントスとイタリア代表(システムは3−5−2。最終ラインの顔ぶれは同じ)では、3バックの中央にレオナルド・ボヌッチというロングパスの名手を配置する一方で、左右のアンドレア・バルザーリ、ジョルジョ・キエッリーニはパスの精度がそれほど高くはなかった。そのため、最終ラインの3人にアンカーのアンドレア・ピルロを加えた4人による低い位置でのシンプルなパス回しから、ボヌッチやピルロのロングパスで直接裏のスペースを狙ったり、あらかじめ高い位置を取ったウイングバックに展開しサイドに起点を作り、そこから崩しのフェーズに転じるという形が多かった。

 しかし、チェルシーでは3バックの3人がいずれも精度の高いパスを持っており(右センターバックにブラニスラブ・イバノビッチではなく、アスピリクエタが起用された理由の1つもそこにあると思われる)、その前にはカンテ、マティッチというテクニックとダイナミズムを兼ね備えた有能なセントラルMFを擁している。

 そのクオリティーを生かしてビルドアップを安定させるため、横に大きく開いた3バックとその間に下がってくるCMFという「後ろ5人」がM字形(の両下端がやや外に開いた)の陣形でリズム良くパスを回して相手のプレスを外し、そこから前線に縦パスを送り込んで崩しのフェーズにつなげるという展開がメインになっている。

アザールのパフォーマンスが劇的に向上

システム変更後はパフォーマンスが劇的に向上したアザール 【写真:ロイター/アフロ】

 攻撃の組み立てにおいて鍵になる縦パスのメインターゲットとなっているのが、背番号10を背負ったアザールだ。

 モウリーニョと反りが合わずにモチベーションとパフォーマンスを落として、ロマン・アブラモビッチ会長の不興を買い、放出間違いなしとまで言われるほど腐っていた昨シーズン。今シーズンも開幕当初は4−1−4−1の左ウイングという外に開いたポジションに対して不満を隠さず、「ゴールから遠いライン際でプレーしても自分の力が出せない。ゴールに近いポジションで自由にプレーしてこそ、自分の持ち味を出してチームに貢献できる」と言ってはばからなかった。

 3−4−2−1へのシステム変更は、このアザールの不満をくみ取り、チェルシーにとって最も重要なタレントである彼の持ち味を大きく引き出すための一手でもあった。実際に、日本でよく言うところの「1トップ2シャドー」の左トップ下に入り、ライン際ではなく、内に絞ったポジションでプレーするようになったアザールは、水を得た魚のようにいきいきとピッチを動き回り、その爆発的なスピードと高いテクニックで決定的な違いを作り出している。システム変更前の6試合では2得点、変更後の5試合(実際には直近4試合)で5得点1アシストという数字が、そのパフォーマンスの劇的な向上をはっきりと示している。

 昨シーズン、そして今シーズンの序盤は、ライン際に開いたポジションで足下にパスを受け、そこから1対1の突破を仕掛けるというのが、ほぼ唯一と言っていいプレーの選択肢だった。時折中央のスペースに入り込んでも、周囲との連係がないために、1人でボールを持って強引に仕掛けるというエゴイスティックなプレーに終始することがほとんどだった。

 しかし3−4−2−1の左トップ下に入ってからは、敵の2ライン(中盤とDF)の間、サイドバック(SB)とDFのゾーンの切れ目で、フリーになって縦パスを受け、そこから前を向いてドリブルで仕掛け一気にシュートまで持っていくプレーが見られるようになる。それだけでなく、味方が高い位置でボールを持って前を向くと同時にオフ・ザ・ボールで裏のスペースに斜めに走り込みスルーパスを引き出す(サウザンプトン戦の1点目がこれに当たる)など、プレーのバリエーションが広がり、その分チャンスメークやフィニッシュに絡む場面も一気に多くなった。その恩恵は最前線でフィニッシュを担うD・コスタ(リーグ戦直近5試合で4得点2アシスト)にもたっぷりと及んでいる。

1/2ページ

著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント