コンテ率いるチェルシー躍進の秘密 戦術の最先端が詰まった3バックとは?

片野道郎

躍進のポイントとなる「W字形」陣形

走力やスタミナに加え、高いキック精度を持つモーゼス(左)。ウイングバックのポジションに最適の選手だ 【写真:ロイター/アフロ】

 戦術的な観点から見て、チェルシー躍進の大きなポイントと言えそうなのが、このアザール(と右トップ下のペドロ)が最も良い形で縦パスを受けられるように設計された前線の「W字形」陣形だ。

「後ろ5人」が自陣でボールを回して縦パスのタイミングをうかがっている間、左右のウイングバックは徐々にポジションを上げて最前線のD・コスタとほぼ同じ高さまで進出する。このポジションに起用されているモーゼスとM・アロンソはいずれも、3バック導入までは出場機会が限られていたプレーヤーだった。しかしモーゼスは本来ウイング、M・アロンソはSBとタイプこそ違えど、共に抜群の走力とスタミナ、そして質の高いキックを備えていた。ライン際の縦に長いレーンを1人でカバーしながら攻守両局面に絡んでいく3バックシステムのウイングバックにはぴったりだった。

 敵のSBはこの2人をフリーにするわけにはいかないので、ある程度外に開いたポジションを取らざるを得なくなる。中央の2人のセンターバック(CB)は屈強なフィジカルを誇るD・コスタに対し数的優位を保つため、2対1でのケアを強いられる。そのため、CBとSBの間隔は間延びすることになる。一方、中盤のラインはチェルシーの「後ろ5人」のパス回しにプレッシャーをかけるため、前に出て行かざるを得ない。

 こうして敵の2ラインは縦横に間延びし、その間のスペース、とりわけSBとCBの「ゾーンの切れ目」は敵のどのDFやMFにとっても対応しにくい「空白地帯」となる。アザールとペドロはまさにこの空白地帯にポジションを取ることで、「後ろ5人」によるポゼッションから縦パスを引き出し、しかもそこからターンして前を向き仕掛けるだけの時間を手に入れているというわけだ。

 ちなみに、右トップ下にウィリアンではなくペドロが起用されているのは、1対1の単独突破よりも周囲との連係によって局面を打開しようとする姿勢――。足下にボールを要求するよりもオフ・ザ・ボールの動きでスペースにボールを引き出そうとする彼のプレースタイルが、中盤と前線をつなぐトップ下のポジションに適しているからだろう。献身的なプレッシングなど守備の局面における貢献度でも、ペドロはウィリアンを大きく上回る。反対側のアザールが単独プレー志向が強いだけに、バランスを取る上でも異なるタイプのプレーヤーが必要だという側面がある。

攻撃力以上に際立つその「守備力」

16得点という攻撃力以上に際立つのは、直近のリーグ戦5試合でクリーンシートを続けるその守備力だ 【写真:アフロ】

 興味深いのは、「前5人」がW字形、「後ろ5人」がM字形というのは、20世紀前半にイングランドで編み出され一気に広がった「チャップマンシステム」ことWMシステムの配置そのままだということだ。

 当時のWMはマンツーマンが前提だったので、本質的にはまったく異なっているのだが、攻撃時に3−2−2−3(サイドプレーヤーの高さによっては3−2−4−1)という配置になるやり方は、ジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)、トーマス・トゥヘル(ドルトムント)、パウロ・ソウザ(フィオレンティーナ)、ビンチェンツォ・モンテッラ(ミラン)なども、このところ導入している、流行の最先端ともいえる戦術アプローチである。

 後ろの「M字」が最終ラインからの安定したビルドアップを保証し、前の「W字」は攻撃に幅をもたらすと同時に2ラインの間に縦パスを引き出すスペースを作り出す。コンテがこの「最新流行」を導入したと同時にチェルシーがひょう変したのは、果たして偶然かそれとも必然なのか……。

 もちろん、チェルシー躍進の理由はそれだけではない。3バック導入後の5試合で際立っているのは、16得点を挙げた攻撃力以上にクリーンシートを続けている守備力の方だ。

 最終ラインにD・ルイス、アスピリクエタという、背後のスペースをケアできるだけのスピードを備えたDFを擁していることもあり、コンテは攻撃時にチーム全体を高く押し上げてコンパクトな陣形を保つやり方を選んでいる。これによって、ボールロスト時の「ゲーゲンプレッシング」も発動しやすくなっており、実際、D・コスタ、ペドロ、アザールに加えて中盤のカンテ、マティッチまでもアグレッシブに前に詰めて、ハイプレスによる即時奪回を狙う場面がしばしば見られる。

 しかしチェルシーは裏を取られるリスクを冒してもゲーゲンプレッシングにこだわり続ける姿勢は持っていない。即時奪回が難しい状況では無理をせず、相手の攻撃を遅らせつつ、他の選手は迅速にリトリートして自陣に守備ブロックを構築する。この時の基本的な布陣は5−4−1。ウイングバックが最終ラインに下がると同時に、トップ下のペドロ、アザールが両サイドに開き、中盤まで下がって4人のラインを形成する。いったん守備ブロックを形成してからも受け身にならず、組織的な連係を取りながらボールホルダーとその周囲の敵にプレッシャーをかけ、できるだけ高めの位置での奪回を狙うアグレッシブな振る舞いが特徴だ。

素早い攻守の切り替えも大きな武器に

チェルシーの3バックシステムには、欧州サッカー戦術の最先端が詰まっているといえるだろう 【写真:ロイター/アフロ】

 5人の最終ラインによってピッチの幅をカバーしながらも選手間の密度を保ち、その前を固める4人の中盤ラインは最終ラインとの間隔をコンパクトに保ちながら、高い連動性を持ってボールにプレッシャーを掛け続ける。この組織的なディフェンスを崩すのは、どんな相手にとっても簡単なことではない。

 ボールロスト直後のハイプレス、自陣にブロックを形成してのロープレス、いずれにおいても、ボールを奪ったら最初に狙うのは縦に素早く展開しての速攻だ。アグレッシブなプレッシングから、素早く攻守を切り替えてのカウンターアタックも、チェルシーの大きな武器の1つになっている。

 守備時には5−4−1、攻撃時には3−2−4−1と、異なるシステムを切り替えながら戦うアプローチも、近年注目されている新しい戦術トピックの1つだ。その意味でコンテ率いるチェルシーの3バックシステムには、マンチェスター・Cを率いるグアルディオラとはまた別の形で、欧州サッカー戦術の最先端が詰まっていると言える。

 驚かされるのは、導入されて1カ月にもかかわらず、攻守両局面ともにチームとしての完成度が非常に高いことだ。国際Aマッチウイークによるブレークが明けた後、11月末から12月初めにかけてはトッテナム、そしてマンチェスター・Cという強敵との戦いが待ち受けている。本当の意味で真価が問われるのはその時だろう。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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