「やられたらやり返す」内山高志の本質 リベンジとベルトを懸けたコラレス戦へ

船橋真二郎

快勝続きでどこかに緩みが出ていたと自戒

快勝が続いたことで、どこかに緩みが出ていたと自戒する部分もある 【写真:ロイター/アフロ】

 同じ年の5月、内山はパキスタンで開催されたアジア最終予選で敗退。最大の目標であったアテネ五輪出場を逃し、競技生活からの引退を決意していた。ところが地元開催だった国体出場を関係者に請われ、「ほとんど練習できず、調整不足」で大会に臨んだ。それでも、最後の3年間は国内無敵の地力を発揮し、初戦から3戦続けて1ラウンドで試合を終わらせて決勝戦に進出するのだが、当時法政大3年の細野悟(現・大橋)に2ラウンドを持ちこたえられると急激に失速。最終3ラウンドに逆転を許し、僅差の判定を落とした。

 プロで初めて敗北を味わったコラレス戦から、さかのぼること約12年前の気持ちと体が整わないままの中途半端な状態で出場要請を受け、優勝を逃した苦い経験が脳裏に浮かんだかどうかは分からない。ただ、決してエリートではなかった内山は拓殖大時代、同級生の荷物番をさせられた1年生時の屈辱、同じ階級にいた絶対的存在だった先輩とのレギュラー争いなど、逆境をバネにして這い上がってきたボクサーだ。あらゆる負けや失敗を受け止め、同じ轍は踏まない、の精神は植えつけられているはずである。

 現役続行、つまりリベンジを心に誓った内山はコラレス戦を映像で見直し、すでに敗因を分析している。

「まだ距離が合っていないところで『届きづらいけど、打てば当たるかな』と思って、無理やり打ったところにカウンターをもらった。慣れがあったのか、最近は『多分、大丈夫だろう』という感じでやっていたかもしれない」

 長らく苦しめられてきた拳の痛みがなくなった直近の試合では、コラレスと同じサウスポーのジョムトーン・チューワッタナ(タイ)、オリバー・フローレス(ニカラグア)を、それぞれ2ラウンドKO、3ラウンドKOで一蹴した。油断したつもりはなくても、どこかに緩みが出ていたと自戒するのだ。

6年ぶりに海外からスパーリングパートナーを呼ぶ予定

 コラレス戦の前には米国進出の機運が最高潮に高まり、具体的にニコラス・ウォータース(ジャマイカ)、ハビエル・フォルトゥナ(ドミニカ共和国)と、強豪が対戦候補に挙がりながら、結局まとまらなかった。この先につなげなければならないという気持ちがあったことも内山は暗に認めた。
「前回は自分の考えに反していたな、というのがあった。あんまり先のことを考えるのは良くないなと。あと2度で(具志堅用高氏の国内最多連続防衛記録に並ぶ)13度か、とか。なので、今回は自分本来の目の前のことだけに集中する、という考えでやっていこうと思う」

 内山は今回、身体能力が高く、映像で見たスピードと実際に感じたスピードのギャップがあった、というコラレスを想定して、タイプの似たスパーリングパートナーをフィリピンから招へいし、対策を練る予定にしている。海外からパートナーを呼ぶのは世界初挑戦時以来6年ぶりだが、これまでそのような準備をしてこなかったのが不思議なほどで、これはコラレス戦の直後、「内山なら大丈夫という慢心が我々にあったのかもしれない」としていた渡辺均会長の反省からか。今後はフィジカルトレーナーの土居進氏のもと、世界初挑戦の前から採り入れ、試合前の恒例にしてきたトレーニングも再開し、「心肺機能などをいじめるつもり」と万全の備えでリベンジを期す。

「同じ相手に2回は負けられない気持ちは強い」

 内山が王座を失ったとき、日本ボクシング界は深い喪失感に包まれた。絶対王者として、どっしりと中心にそびえ立っていた存在の大きさを、あらためて再認識させられた。しかし、その足跡を振り返ってみれば、やられたら、やり返すのが、内山というボクサーの本質なのかもしれないとも思う。
「怪我を抱えながら、6年半かけて11度防衛してきて、やっぱり寂しいな、もったいないことをしたな、という気持ちは正直ある」としながらも、内山が「また試合ができるという楽しさが出てきたし、前までの防衛とかは忘れて、またチャレンジャーとしてやっていきたい」と話す表情には、吹っ切れたような晴れやかさすら感じられた。

 KO負けした相手との再戦は非常に難しい。ダウンを喫し、惨敗した残像はなかなか消せるものではないからだ。「しっかり戦略を立てれば、必ず勝てる自信はもちろん出てきた。ただ試合はやってみないと分からない」という内山自身、それは承知のはず。

「同じ相手に2回は負けられない気持ちは強い」。その上で内山はきっぱりと口にするのである。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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