愛欲と嫉妬のミッキーロケット 「競馬巴投げ!第130回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

競馬も私情を入れていいんだと、オダサクは言っている

[写真3]シュペルミエール 【写真:乗峯栄一】

 オダサクの実生活の妻は宮田一枝といい、やはり京都のカフェでホステスをしていた。実の妻・宮田一枝もまた乳癌から子宮癌になり、苦痛の上に昭和十九年、三十一歳の若さで死んでいる。オダサクもその三年後、結核による大量喀血により三十三歳で死ぬ。

「“一代”の名前を思い、寺田はとにかく1番の馬ばかり買い続けた」という小説の下りは、たぶん事実なのだろう。自分が1番の馬ばかり買い続けたということを書きたいために小説の中の妻の名にも“一”の字を付けたように思う。

 つまりと、思う。小説というのは本当のことを書かないといけない。それと同じように、競馬も私情を入れていいんだと、オダサクはそうも言っているように思う。

憎たらしい調教師の馬が勝ったら嫉妬していい。それが競馬だ

[写真4]サトノエトワール 【写真:乗峯栄一】

 ぼくが栗東トレセンに行き始めたのは、予想コラムを書くチャンスを与えてくれたスポーツ紙レース部長の指令による。いわばイヤイヤ行きだした。

 しかし月2回程度とはいえ、25年も通うと馬が分かってくる、と言いたいところだけど、何年通っても馬は分からない。「トレセン行けば馬券が当たる」など大嘘で「トレセン行くと、迷いに迷って、余計に当たらなくなる」という方が正しい。いや「馬を分かろうと努力していない」と言った方が正確かもしれない。ぼくはどうしても馬よりも人に興味が向くからだ。

 インタビュー取材など、ほんとはしたくないのだが、新聞社や雑誌社から頼まれれば「これがぼくの仕事だから」などと諦念を秘めて行く。前から親密にしてもらっている厩舎に行くときは楽なのだが、初めての所に行かねばならないことも多い。恐る恐る厩舎に踏み込み、予想外に優しくされ、感動してしまうことも多い。中竹調教師、加藤敬調教師、松永昌調教師、安達調教師、佐々木調教師など、まともに話すのは初めてのはずなのに、びっくりするぐらい歓待してくれて、「ああ、よく来た、よく来た」と言い、名刺を出そうとすると「そんなもの出さなくても知ってますよ。乗峯さんでしょ?」とまで言ってくれたりする。いい歳をして、涙が出そうになる。

 でも、ごくたまに、ほんとにごくたまにだが、一般社会でも初対面の人間にそんな行動は取らないだろうと、怒りと落胆で帰ってくることもある。

 オダサクは「そういう人間は憎んでいいんだ」と言っているように思う。専門紙トラックマンやスポーツ紙記者なら、それは許されないだろう。どんなに調教師に冷たくあしらわれても、強い馬は強い馬として扱うのがプロだと教えられているはずだ。でも「乗峯のトレセン訪問」は「憎たらしい調教師を見つけてこい。もしそこの馬が勝ったら嫉妬していい。それが競馬だ」という使命を帯びているように思う。

 (1)好きで常に応援したい厩舎・騎手
 (2)強い馬のときは積極的に応援したい厩舎・騎手
 (3)馬が強かろうが弱かろうが、決して応援しない厩舎・騎手(騎手の場合はほとんどいないが)

 の3種類に分類してきなさい(ほんとに新しい調教師・騎手の場合は分からないが)という、ぼくの場合はそういう「トレセン訪問使命」なんだと理解している。オダサクが「愛欲と嫉妬でやるのが競馬だ」と教えているのはそのことだ。

「予想に私情を挟んではいけない」などと言う人もいるが、それは25年前、トレセンに行き始める前の話にしてくれ。競馬現場で色んな人に会わせてしまったあんたが悪い。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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