陸上・福島千里に訪れた残酷な結末 最速女王に「4年後」は見えているか

平野貴也

1レースで終わった3回目の五輪

福島らしいスタートダッシュを決めるも中盤以降は伸びず、5着でレースを終えた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

「結構、前に(選手が)いたな。終わっちゃったな」

 集大成の場となるはずの3度目の五輪は、わずか二十数秒で終わってしまった。リオデジャネイロ五輪、陸上競技の女子200メートル。予選7組に登場した福島千里(北海道ハイテクAC)は、23秒21で5着となり、追い続けてきた準決勝進出はならなかった。

 もとより、高いハードルであることは承知の上だ。次のラウンドに進めるのは、9組で行われる予選の上位2名と、それ以外の全体で上位タイムとなった6名。タイムで拾われた6人目は第2組4着のエクアドルの選手で、タイムは22秒94。福島が6月の日本選手権で更新した日本記録が22秒88だ。力を出し切らなければ達し得ない厳しい目標だった。

 それなのに、今月11日に舞い込んで来た情報は、米ニュージャージー州での合宿で左太もも裏を負傷したため、今大会の100メートルは出場を取りやめることにしたというものだった。福島は「120パーセントの力を出さなければいけない大会。積極的な戦略として、(日程上)後半にある200メートルでベストパフォーマンスができるように、100メートルを勝手ながらやめさせていただいたという感じ。足が痛いからやめるとか、200メートルもどうだろうというものではない」と負傷の影響を否定したが、ベストパフォーマンスが悲願成就の条件であることを考えると、厳しい状況になったことは間違いなかった。

絶好調で臨めなかった集大成の場

「不安なく思い切りいけた」というが、ゴール後の表情は冴えなかった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 レースでは、外枠の第8レーンから得意のスタートダッシュを決めたが、中盤以降は思うように伸びず、最後は中央レーンの3人が競ってゴールラインを通過するのを見てからのフィニッシュとなった。五輪での準決勝進出を2008年の北京五輪から追い続けて来たが「3度目の正直」とはならなかった。

 トップアスリートは、けがとの付き合い方も問われる。現状に対する最善は尽くしたという思いはある。しかし、ベストを尽くしたのであれば付いてくるはずの結果は、手に入らなかった。福島は、レース後に「結果にこだわりたいと言っていた分、かなわなかったのは、満足もいかない」と複雑な胸中を吐露した。

 結果を受け入れることは、できる。十分に起こり得る結末だった。ただ、簡単に気持ちを切り替えられるわけはない。長い時間をかけて目指してきた舞台だ。ロンドン五輪からの4年間を振り返るとき、福島は「同じ4年はこりごり。去年、今年の冬季練習をもう一度とは思えない。上には上がいるだろうけれど、やれることはやった」と言い切った。

 振り返れば、08年の北京五輪で吉川綾子以来56年ぶりとなる女子100メートルの代表選手に選ばれて以降、福島は日本女子短距離界をずっとリードしてきた。09年には世界選手権の女子100メートルで、日本人選手として初となる2次予選進出を達成。11年の世界選手権では100メートル、200メートルの2種目で準決勝に進出するなど、新たな扉をたたいては開けてきた。今年も200メートルで日本記録を更新。3度目の挑戦でもう一つ扉を開けたい気持ちがモチベーションだった。

 考え得る最高の準備を行い、今季は良い仕上がりを見せていた。それでもベストパフォーマンスを出すための準備には、絶対的な方程式など存在しない。シーズン序盤の試合では、右ふくらはぎのけいれんを起こして棄権。絶好調で集大成の場に臨む青写真が陰っていた。

 すべては出し切れなかったが、できることはやった。福島は「22秒台を出さないといけないかなとは思っていた。でも、不安もなくスタートラインに立たせてもらった。(スタートまで)ギリギリで楽しみだと思えたし、そう思えるように仕上げて下さったたくさんの方々に対して、良かった、ありがとう、うれしいという気持ちを持って(スタートに)立てて、不安なく思い切りいけた」と胸を張った。

日本の女王に4回目の五輪はあるのか

厳しい結果にしゃがみ込む。4年後については「どうでしょうか」と明言を避けた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 成績でも記録でも過去にはなかった世界へと走ってきた日本の最速女王は、リオでの挑戦をどのように生かすのか。今後については「どうでしょうか」と繰り返して明言を避けた。

「(一度休んで)じっくり考えている時間はないというのは、五輪に3回出てきて分かっている。でも(4年先まで見据えてやるかどうかは)大きな決断になると思うので、簡単にはどうかなと……」

 4年は長い。28歳で、短距離の選手としてはベテランの域に達していることもある。東京五輪を目指すかどうかは迷うところだろう。

 ここまでの道のりだけでも日本陸上界に残した功績は大きい。しかし、女子短距離の歴史を変えてきた福島の快走を、また見たいと思う人は少なくないはずだ。いたずらっぽく話した「どうでしょうか」の先に、まだレースは残されているのだろうか。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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