なぜクラブの情報開示が重要なのか? コンサル目線で考えるJリーグの真実(4)

宇都宮徹壱
「Jリーグの現状を数字から読み解く」というコンセプトでスタートした当連載。今回もデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎さんにお話を伺う。前回は「チーム人件費総額と勝ち点1あたりの人件費」、そして「勝ち点1あたりの入場料収入」といったKPIについて解説していただいた。今回のお題は「売上高と情報開示」である。

 自分がサポートしているクラブには、どれくらいの売上高があるのか? おそらくサポーターを自認する人であれば、大まかな金額はご存じであろう。では、売上高の内訳はどうなっているのか? 入場料収入はどれだけの割合を占めているのか? Jリーグからの配分金は売上高の何番目に位置しているのか? これらはいずれも、一般のサポーターには、あまりなじみのない話ではある。が、クラブ経営を考える上でどれも重要な話であったりする。

 Jリーグとは別に、独自に売上高の情報開示をしているクラブは、実はまだまだ少数派である。しかし里崎さんは「情報開示は重要だし、クラブのためにもなる」と説く。果たして、情報開示の重要性はどこにあるのか? そして開示することでどんなメリットがもたらされるのか? さっそくお話を伺うことにしたい。(取材日:2016年4月21日)

Jクラブは「年商30億円の中小企業」?

浦和レッズは売上高のうち、「その他」の項目をブレークダウンした形で、グッズ収入や賞金といったものも開示している 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

――本題に入る前に、J1平均の売上高について考えてみたいと思います。『J-League Management Cup 2014』によると、2014年のJ1平均が32億9400万円。この数字をどうご覧になりますか?

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 32億円というのは、他の産業も含めると完全な中小企業の事業規模ですね。J1のクラブですと露出度も注目度も高いので、何となく大企業というイメージを持たれるかもしれませんが、一般的な町工場も含めた中小企業の事業規模という感じです。トップの浦和レッズ(58億5400万円)であっても、それくらいの年商の中小企業は数多くありますから。ビジネス的な側面からすると、Jリーグの市場規模というものはまだまだ小さいわけで、現状ではできることもおのずと限られてくるんですよね。

――いきなり重い現実を突きつけられましたが、今回は「売上高と情報開示」というテーマです。クラブが独自の情報開示をする重要性とは何か? それによってどのようなメリットがあるのか? という話になるかと思います。とはいえ、デロイト トーマツさんのグループには監査法人があり、企業の監査や情報開示のサポートが本業ですから、自明のお話のようにも感じますが。

 確かに立場上、そう言わざるを得ないというのはあります(笑)。では、なぜ情報開示が重要かというと、ステークホルダー(利害関係者)に対する説明責任がビジネスの世界にはあるからです。とはいえ年商30億円の中小企業の場合、そこまで頑張って情報開示するインセンティブというのは、実はあまりないんですね。ただしプロスポーツのクラブというのは、この規模の会社にしてはあり得ないくらいステークホルダーが多い。株主、スポンサー、業務委託先、メディア、自治体、もちろんサポーターもそうです。そうしたステークホルダーに対して、「われわれの現状はこうです。今後、こうした活動をしていくのでご支援をお願いします」という発信をしていく必要があるし、そこに情報開示の重要性があるわけです。

――なるほど。ではJクラブの中で、売上高の内訳をきちんと公開しているクラブはどこでしょうか?

 まず前提として、Jリーグはクラブライセンス制度を採用しているため、全クラブの最低限の財務情報がJリーグから毎年開示されています。それに加え、各個別のクラブで自分たちの売り上げをHPで開示しているのは、確認できた範囲ではベガルタ仙台、鹿島アントラーズ、浦和レッズ、横浜F・マリノス、松本山雅FC、京都サンガF.C.、カマタマーレ讃岐、徳島ヴォルティス、ギラヴァンツ北九州、ロアッソ熊本の10クラブですね。このうち、Jリーグ発表の数値よりも詳細な情報を開示しているのは5クラブ(仙台、浦和、横浜FM、松本、北九州)でした。ちなみにコンサドーレ札幌は、今はやっていないんですが、平成25年(2013年)までは有価証券報告書を出していましたので、最も詳細なデータが公表されていたクラブでした。

――売上高の項目はどのようになっているのでしょうか?

 5つあって「広告料(スポンサー収入)」「入場料」「リーグの配分金」「アカデミー関連収入」「その他」です。浦和の場合、「その他」の項目をブレークダウンした形で、グッズ収入といったものも開示しています。特にグッズの場合、買ってくれるのは明らかにサポーターですから、情報開示は「われわれは皆さんのお金によって支えられています」というメッセージを発信する意図があるということを、実際に浦和のスタッフの方から聞いたことがあります。

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スポンサー収入と入場料収入のバランスがいいクラブは?

『J-League Management Cup 2014』より 【提供:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー】

――先ほど挙げていただいた5項目の理想的なバランスというのはあるんでしょうか?

 理想的なバランスというものは、一概には言えないですね。ただ、最も大きなビジネス規模であるプレミアリーグを見てみると、放映権収入、入場料収入、そしてスポンサー収入がそれぞれ3分の1、というクラブが多いように思います。Jリーグの場合、大きな収入の柱はスポンサー収入と入場料ですので、この2つが同じくらいのバランスが取れている方が比率としてはいいんだろうなと。浦和の場合、この2本の柱が同じくらいなので、そういう意味ではバランスはいいと思います。むしろスポンサー収入と同じくらい入場料収入があるクラブって、なかなかないですからね。

――規模が違いますけれど、アルビレックス新潟が比率としては近いですかね?

 やや近いですね。仙台も頑張っています。逆に大宮アルディージャや徳島は、スポンサー収入が比率として大きいですね。これはスポンサー(責任企業)が結構下支えしているのではないかという推測が成り立ちます。逆に、ここの部分が今の入場料収入とほぼ同じ規模しかなかったとすると、結構厳しい金額になると思うんですよね。

――名古屋グランパスもそうですね。

 名古屋も結構(スポンサー収入が)ありますね。どの収入に軸足を置くかというのは、クラブの経営戦略でもありますし、大きなバックアップ企業があることが悪いとも言えないと思います。責任企業からお金を引き出せるクラブも、そのための努力をしていると思いますし。ともあれ、一番安定的に計算できる収入の比率が、全体の収入の3分の1、できれば半分くらいを占められるようになるのが理想的だと思います。で、「計算できる収入」とは何かといえば、やはりサポーターによる入場料収入だと思うんですね。

――文字通り、サポーターによって支えられているわけですよね。

 責任企業の存在はある意味、安定収入になるとは思うんですが、横浜フリューゲルスの時のように撤退してしまう可能性は否定できない。その点、サポーターは基本的にクラブについてきてくれますから、そこからの収入を安定基盤として確保できれば理想ですね。浦和の場合、全体の3分の1近くを入場料収入で占めていて、かつ金額もそれなりに大きい。ヴァンフォーレ甲府の売り上げ全体の額と同じ規模ですから、すごくアドバンテージがあると思いますね。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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