ロイヤル・アントワープが紡ぎ続ける歴史 ベルギー2部で異彩を放つ熱きサポーター

中田徹

メインスポンサーはサポーター

サポーターの熱狂に煽られピッチを走り回る選手たちが、朽ちたスタジアムに輝きを与えている 【中田徹】

 レプリカユニホームを着たマキシムさんが、『ROYAL ANTWERP 1880 1』というロゴをつき出しながら言う。

「ロイヤル・アントワープは1880年誕生で、ベルギーサッカー協会の登録ナンバーが1という、ベルギーで一番古いクラブなんだ」

 ウェルナーさんは記憶を手繰り寄せながら、一番の思い出を語ろうとする。

「“ビトシャの奇跡(1989年9月29日UEFAカップ、ロイヤル・アントワープ対ビトシャ・ソフィア)”、あれはすごかった。1−3で負けていた俺たちが残り3分から大反撃して4−3で勝ったんだ。93年はカップウィナーズカップの決勝をウェンブリーで戦った。パルマに1−3で負けたけれども、ヨーロッパの舞台で決勝戦に残ったベルギーのチームは、ロイヤル・アントワープが最後だ」
 
 2006年以来の満員札止めにわずかに届かなかったものの、スタジアムは1万2125人のファンで埋まった。トゥビーズの関係者は「うちのホームゲームは2000人ぐらいしか入りませんから、ロイヤル・アントワープは特別ですよ」と唸った。ロイヤル・アントワープのサポーターも「ベルギー1部リーグのチームも、ロイヤル・アンドワープにジェラシーを感じている」と言っていた。クラブ・ブルージュ、スタンダール、アンデルレヒト、ヘンク、ヘントに次ぐ規模の観衆を、ロイヤル・アントワープは集めているのだ。

 2分、早くもロイヤル・アントワープが先制し、サポーターの歓喜でスタジアムが爆発した。サポーターの挑発も戦術の一つなのか、44分、バックスタンドの観衆のヤジに怒りの態度を見せたトゥビーズのGKが、イエローカードをもらう。後半に入ると右ウインガーのドウフェルがハットトリックを達成し、サポーターはエクスタシーの極みを覚えた。4−0の大勝で、ロイヤル・アントワープがトップに立った。

 素晴らしいサポーターの雰囲気、鮮やかな攻撃サッカーにカモフラージュされているが、よく見ると、スタジアムはコンクリートが痛み、木の壁に穴が空いて朽ちている。長年、修繕がおざなりになったままなのは明らかだ。提携クラブであるマンチェスター・ユナイテッドのロゴのペイントも、危うく消えて無くなりそうだ。

『スポルト/フットボールマガジン』の記事に「ロッテルダムはアントワープと同じく港湾都市。私はフェイエノールトが羨ましい。海運に関わる会社の経営者がスタジアムに集まっている」という関係者のコメントがあった。スポンサー集めに苦労するロイヤル・アントワープの資金繰りの厳しさがしのばれる。この雑誌に載ったサポーターのコメントはこうだ。

「シーズンチケットが200ユーロ(約2万7000円)として、4000枚売れているから、これだけで80万ユーロ(約1億800万円)の収入。さらにバラ売りチケットが少なくとも3500枚売れるから、シーズンチケットと足せば年間100万ユーロ(約1億3500万円)ほどになる。ロイヤル・アントワープのメインスポンサーは、われわれサポーターなのさ」

 ちなみにロイヤル・アントワープの年間予算は140万ユーロ(約1億8800万円)。確かにサポーターがそう言って誇ろうとする気持ちも分かる。

サポーターの忠誠に陰りなし

 今季のベルギー2部リーグはアールストにプロライセンスがおりず、3部降格の処分を受けたため、17チームで開催されている。さらに来季は8チームによる少数精鋭のリーグに生まれ変わる。

「チーム数が減るのはとても寂しいこと。シーズン開幕前後は、僕たちもこの決定に反対した。でも、今はもう諦めている。上の方で決定されてしまったことだからね」(ユセフ)

「僕はこの決定をポジティブに捉えている。2部リーグには、とてもプロと呼べないチームが多いんだ。一度、整理が必要だろう」(マキシム)

 いずれにしても、これまで最大2チームが1部昇格を果たす可能性があったベルギー2部リーグだが、来季以降は1チームだけになってしまう。だから、今季はぜひ1部リーグに上がりたい……という声がサポーターに共通するものだった。

 ならば、ロイヤル・アントワープにとって1部昇格は、今季の“マスト(絶対に果たさねばならないこと)”なのだろうか? 試合後、ダビッド・へーファルト監督に聞いてみた。

「いいや、“マスト”ではない。1部昇格は“アンビション(野望)”だ。ロイヤル・アントワープが目指すのは、サポーターを熱狂させるサッカー。良いサッカーをすれば、今日のようにファンは喜んでくれる。目標は5位以内に入ることだ」

 ベルギープロリーグ41年の歴史において、ロイヤル・アントワープは1部リーグで28シーズン戦ったが、今や万年2部リーグのチームに甘んじている。それでもサポーターの忠誠に陰りはない。盛り上がりに欠けるオランダ2部リーグの取材を続ける僕は、ロイヤル・アントワープへのジェラシーに身悶えするのだった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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