マグマを吐き出す和田スピリット 「競馬巴投げ!第106回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

「お前のマグマはどこへ行った!」

[写真3]もう1頭のダービー組・タガノエスプレッソ、巻き返しなるか 【写真:乗峯栄一】

 さらに、最近もう一つ難題が加わった。阪神競馬場の西にあるぽっこりお椀型の甲山(かぶとやま)だ[写真1]。どうも前から、あんなところにぽっこりした山があるのはおかしいと思っていた。ひょっとしたら火山じゃないのか、でも火山にしたら、ずいぶんちっちゃくて貧相だしなあなどと思っていた。

 火山には、阿蘇や桜島のようにいつも煙を吐く活火山、富士山などのようにただ休んでるだけの休火山、鳥取県大山のようにすっかり過去の自分を忘れてしまった死火山の三種類があると習ってきた。しかし2003年の火山予知連絡会で大きな方向転換がなされた。死火山と思われていた秋田駒ヶ岳や北海道雄阿寒岳が突然噴火を引き起こしたからだ。「おおむね数万年以内に噴火した形跡のあるものはすべて活火山とする」と定義し直した。合い言葉は「やつらはいつまた噴火するか分からん」である。

 その年以降、火山噴火予知連絡会では、会議の冒頭「油断するな」の号令に「油断するな」と全員でコブシを突き上げることになった。「やつらはいつ爆発するか分からん」「やつらはいつ爆発するか分からん」と続く。しかしそれだけのことだ。その冒頭儀式が終わると、何事もなかったように、各自着席して、いつものお役所会議が始まる。

 しかし、世間一般にはほとんど知られていないが「そんな、定義しただけで、何が変わったというのか!」と憤慨し、立ち上がり、設立されたグループもある。「日本死火山“激励”連絡会」である。「定義しただけでは何も変わらん。大事なのは本人がどう思うかだ。重要なのは自立心だろうが!」と、どうもよく分からないスローガンのもと“定義が変わったことを本人に告知しに行く”という意味不明の活動を始めた。

 彼らがまず訪れたのは日光・男体山(なんたいさん)だ。中禅寺湖を静かに見下ろす紅葉で有名な山だ。そこに突然、オジサンたち十数人がハアハア息を切らせて登り「お前はまだ死んでない!」とリーダーが叫ぶ(このあたり、真逆ではあるが“北斗の拳”のケンシロウに影響されている)。それに呼応して残りのオジサンたちも「お前はまだ死んでない」と続ける。「男体山という名前が恥ずかしくないのか! お前のマグマはどこへ行った!」「お前のマグマはどこへ行った!」と全員でシュプレヒコールだ。

「そんなアホな!」と世間は言うかもしれない。しかしごく最近、男体山の地底深く、マグマの隆起とも思えるごく微弱な振動が感知できる、それも振動波形が「ワシもまだステタもんやない」と読み取れると報告する人間も出現している。

4角直線入り口で吠えるジョッキーが阪神重賞では勝つ

[写真4]8月新潟で強烈な逃げを見せたティルナノーグ、展開向けば一発! 【写真:乗峯栄一】

“激励”連絡会が次の標的にしたのが、兵庫県宝塚市の甲山(かぶとやま)だ。

 有馬(兵庫県)・白浜(和歌山県)・道後(愛媛県)は日本書紀や風土記に登場するので“日本三古湯”と呼ばれる。温泉とは、地下水がマグマの熱で温められて噴き出したものだ。だから火山列島の日本には温泉が多い。しかし“三古湯”のある近畿、四国には火山がないと、一般に言われている。三古湯とまで言われる有名温泉付近に火山がないとはどうしたことかと問題になり「地層の隙間から深層温水が吹き出すこともある」などと苦しい説明をしている。しかしこれは明らかに間違いだ。温泉の周りには必ず火山(マグマ)がある。ただその火山が長く噴火しておらず、周辺人間が「その山を火山と認識していない」というだけのことだ。

 阪神競馬場の帰り、専用陸橋から夕陽に照らされたこんもり丸まった小山が見えて「かわいい」などと、馬券外れの癒しのように言われる甲山だが、1200万年前に大噴火している。その頃の甲山は裾野の半径が10キロある大火山で、その巨大山の上半分が吹っ飛んだので、中の噴丘(今の甲山)だけが残り、裾野が外輪山となった。その外輪山にあるのが有馬温泉だ。甲山と有馬は、元は一つの山だった。

 死火山“激励”連絡会は、男体山のときと同じように甲山に登り「お前はまだ死んでない」「マグマはどうした」「小さいからといって卑下するな」「溶岩吐き出すぞと言えば、泣いて喜ぶ女もいる」などと、何が何やら分からない言葉まで付け加えて叫んだが、甲山は静かなままだ。しかし諦めて帰りかけたとき、ふもとの弁天池(阪急仁川駅のすぐ西)まで降りてきて、ある事に気づく。弁天池も、甲山大噴火のときの窪地に出来たもので一番深いところから温水が噴き出していて、池全体の水温は高い。それゆえに、この池にはフロリダ・ワニガメに似た巨大カメが生息していると言われる。

 ワニガメはカミツキガメ科のカメで「危険な外来種」などと言われるが、危険なのはカミツキガメの方だ。約50センチのカミツキガメに対してワニガメは約1メートルある。しかしカミツキガメが凶暴に水中生物を補食するのに対して、大きなワニガメは徹底して“待ち”だ。泥池の底でガバッと口を開けて2時間、3時間、ただもうそのまま待つ。ワニガメの舌には赤い肉片があって糸ミミズのようにヒラヒラする。口の周辺は顔も歯もドロ色で、小魚には「岩の隙間に糸ミミズが動いている」としか見えない。魚が「ラッキー、糸ミミズだ」と言って入り込んだら口閉めてワニガメのご飯になる。

 このワニガメ、米国フロリダ原産などと言われるが、実はフロリダで繁殖する前にこの弁天池で誕生したという説もある。弁天池の真ん中、水深10メートルの底に、巨大カメがただじっと口を開けて“待ちの人生”を送っているという古くからの言い伝えがある。

「ちっちゃい、かわいい、ボウヤみたい、ウヒヒヒ」と笑われながら、旧巨大火山・甲山は1200万年じっとかつてのマグマが沸き上がるのを待つ。弁天池の巨大カメも水底で口を開けたままじっと待つ。そういう土地なのだ、甲山・有馬山と続く太古火山地帯は。

「待ちに待った一発だ。溜めに溜めてきたマグマの大爆発じゃ!」と4角直線入り口で吠えるジョッキーが阪神重賞では勝つ。吠えそうなのはたぶん和田竜二だろう。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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