萩野公介が乗り越えてきた4つの壁 10年指導した恩師が語る成長の記録

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重圧との戦いで忘れかけていた楽しさ

高校3年時に臨んだロンドン五輪で銅メダルを獲得。その前年には重圧との苦しい戦いがあった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――中学2年時の挫折は大きかったんですね。それ以降も転機はありましたか?

 ロンドン五輪1年前(11年)の日本選手権ですね。前日に風邪をひき、脱水症状を起こして救急車で運ばれたんです。当然、試合にも出られませんでした。それ以来、試合になるとちょっとはまらないというか、結果が追いつかなくなった。メディアや周りも騒ぎますから、プレッシャーを少なからず感じていたんだと思います。

 ご両親からのプレッシャーもあって、一度キレたそうです。暴力を振るう子ではないのに、壁を殴って穴をあけた。お母さんにしてみれば、「私が言えばそれを跳ね返してくれる子だと思って指導している」らしいんですね。またお父さんがすごく優しいので、バランスを取っているつもりでしたけれど、公介にしてみれば面白くなかったんですね。

 精神的なゆとりをなくしていたと思いますし、当時はライバルの瀬戸君が好調だったので焦りも生じていたと思います。その時期は楽しんだり、思いきったレースができなくなっていましたね。

――そこからどう立ち直ったのでしょうか?

 それが第4の転機で、五輪に一番弾みをつけてくれた出来事です。11月に短水路のワールドカップでシンガポールに行きました。その前に追い込んでから行かせたので、「タイムは気にしなくていい」と言ったのに、日本記録更新を連発するんです。「どうしたんだ」と聞いたら、とにかく競ったら負けないように泳ごうと思ったそうです。

 日本にいると、レース展開が浮かびますよね。例えば(個人メドレーで)バタフライ、背泳ぎでリードしていないと苦手な平泳ぎで瀬戸君に抜かされるとか。海外の選手と一緒に泳ぐと、(ライバルは)何が速いのか分からないから、絶対に負けないという気持ちで楽しんでやる。その楽しんで試合に出るという感覚を思い出したことで、「記録が出ない」「ライバルが速い」「ビビッている」という追い込まれた状態から脱出させてくれました。

 僕もホッとしてうれしかったし、本当に良いきっかけでこのまま波を崩さないでやろうと思いました。それからの試合はレースを楽しもうという話だけをしました。そうしたらまた記録がどんどん出て、そのまま(翌年の)五輪までうまくいったという感じですね。

間違いなく4分5秒ぐらいの力がある

前田コーチは、萩野の記録がまだまだ伸びる可能性を感じている 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――東洋大学に行ってから、萩野選手が変わったと感じる部分はありますか?

 高校の頃は厳しいウエートトレーニングはやってなかったので、体つきは変わりましたよね。体が大きくなった分、出力は上がったと思うし、環境が良くなったのでさらに磨きがかかったなと。ただ、記録に関してはここにいた時に4分8秒で泳いでいて、今は4分7秒ですから、ちょっとそこは物足りないかな。(ロンドン五輪の400メートル)個人メドレーで銅メダルを取りましたし、間違いなく4分5秒ぐらいの力があると思います。

――世界選手権に向けて、萩野選手とは話をしましたか?

(6月の)欧州グランプリに行く前に電話をしました。コンディションだけは崩さないで、けがもしないでトレーニングをしていれば、おまえは絶対に負けないから暴れてこいと。あいつは世界大会で(長水路では)金メダルがないですから、「まずしっかり1個取って内定を勝ち取り、リオに向けて確実に金メダルを取れる体勢に入れるようにしよう。とりあえず世界選手権はしっかり負けないでやって来い」と言いました。今回は背泳ぎにエントリーせず、無理な疲労は避けて確実に勝てるよう種目を選んでいる。金メダルを取るための決意を感じますね。

負傷した萩野へ送る恩師のエール

負傷した萩野にエールを送る前田コーチ 【スポーツナビ】

 世界選手権欠場を発表した3日、前田コーチのもとに萩野から電話があったという。再び大きな困難に直面した愛弟子に対し、恩師はエールを送る。

「本人とも話をしたら、『絶対に金メダルを取る』と言っていました。今回、応援してくださる方々にご迷惑をかけてしまったのは仕方のないことだと思うので、けがを治して結果で恩返しをするしかない。

 4月の選考会(日本選手権)では、最低でも(400メートル個人メドレーで)4分5秒台は出して、世界に(萩野には)『勝てないな』というインパクトを与えてほしいと思います。あの子は挫折しても、復活したときには強くなって育ってきましたから、必ずやものすごい記録を出して復活してくれると信じています」

 萩野自身もリオデジャネイロ五輪に向け、「自分のやるべきことは決まっている。今やるべきことをやるだけ」と気持ちを切り替えている。新たな壁も、きっと乗り越えて強くなるだろう。それは過去の自分が証明している。

(取材・文:豊田真大/スポーツナビ)

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