「人生最後の賭け」となる今治での挑戦 岡田武史オーナーインタビュー<後編>

宇都宮徹壱

新しいビジネスフィールドを今治に作る

「新しいビジネスフィールドを作ることもFC今治の目的のひとつ」と語る岡田オーナー 【宇都宮徹壱】

――スタジアム建設は地方創生に密接に関わる話ですが、一方で岡田さんは新しいビジネスモデルの構築についてもよく言及されています。実際、地方のJクラブの経営が、今はどんどんシュリンク(縮小)しているわけですが。

 僕はね、今のJリーグはシュリンクしていると思ってないんですよ。でも今の体制のままだったら、特に地方のクラブはシュリンクしていくだろうなと。そこで考えなきゃいけないのは、人とお金がどうやって入って来て、どうやってお金を落としていくのかということ。外に吸い上げられていったら、意味がないんですよね。みんなで奪い合いになったら、それは生存競争なので勝たなければならない。それに、いろんな人に関心をもってもらうためには、やっぱりトップチームが強くないといけないわけです。岡田メソッドでトップチームが勝つことも、育成組織から選手が育っていくことも重要。でも、だからといって、自分たちが一人勝ちしようとも思っていないですよ。

 僕がFC今治に地方創生を絡めているのは、そこに夢が感じられるからなんです。だけど、夢だけではビジネスにならない。日本のスポーツ界は、今でもタニマチ(編注:後援してくれる人のこと)の伝統が色濃く残っています。米国やヨーロッパでは、ちゃんとスポーツビジネスとして成り立っているのに、日本はなぜ今でもタニマチ探しに一生懸命なんだろうか。一方で企業のほうは、イノベーションだ、進化だと日々追い立てられていて、どこも息切れ寸前の状態です。ニッチ(隙間)でいいから、競争相手がいないような世界で勝負しないといけない。だったら、新しいビジネスフィールドを、この今治に作ってしまえばいい。新しいビジネスの可能性があるんだったら、人口16万5000人の今治にもスポンサー企業がやってきますよ。

――なるほど、まさに逆転の発想ですね。

 例えばコンサル企業のデロイトとEXILEが組んで、ダンスによる地方創生というコンテンツをデロイトが市町村に売りに行くとかね。FC今治を通して、さまざまな異業種が出会い、そこで新しいビジネスフィールドを作っていく。そういう提案を、僕としては積極的にしていく必要があると思っています。スポーツの世界でも、これからはコンサルの仕事って増えていくと思う。バスケットボールのリーグ統合の話が話題になりましたけれど、スポーツの競技団体の中にはガバナンス(統治能力)が脆弱なところが正直少なくない。バスケットについては、サッカー界の川淵(三郎)さんが改革のためのタスクフォースの座長になりましたけれど、こういう場合は第三者であるコンサルに任せたほうがいいと思うんです。

――逆にデロイトのようなコンサル企業にとっても、スポーツという新たな分野が広がるということですね?

 そう。日本には競技団体もスポーツクラブもたくさんあります。そういった組織にガバナンスの面で指導することで、新たなビジネスの可能性が生まれるわけです。実際、英国のデロイトは、強力なスポーツ部門も持っているんですよ。日本のスポーツ界がタニマチの状態から脱却するためには、そういったことも必要だと思いますね。

「一歩間違えたら、大詐欺師になる」

FC今治のオーナーになってからは「代表監督とは質の違うプレッシャーを感じる」と語る 【宇都宮徹壱】

――ところで育成年代に関しては、単にサッカーを教えるだけでなく、セカンドキャリアを意識した教育や人材育成にも力を入れているそうですね。

 欧州のクラブなんかで、学校の成績が足りなかった若い選手が、練習をさせてもらえずに自習ルームで必死に勉強していた、なんて話をよく聞きますよね。僕もバイエルンやバルセロナを視察したときに、そうした光景を見ています。なぜそうするかというと、選手のセカンドキャリアを強く意識しているからなんですよね。大人になってからでは遅い。やっぱり育成年代のときから、サッカー以外の勉強もしっかり学ばせる必要がある。

 ウチでも今度、ベネッセと組んで英会話のオンラインのタブレットを無償で配って、中学生に英会話をやらせます。ベネッセにとっても、スポーツの分野で新たなビジネスチャンスを見いだせるかもしれないし、ウチを通して宣伝にもなる。だから無償でお願いできました(笑)。

――なるほど(笑)。それにしても岡田さんのお話を伺っていると、日本のスポーツ界って、ビジネスとも教育とも切り離された状態がずっと続いていたんだなということに、あらためて気付かされますね。

 やっぱりスポーツって、どうしても価値が下に見られる傾向がありましたよね。それはスポーツ界にも責任があったと思う。スポーツが「体育」と翻訳されて、「右向け右」の軍隊教育の一部になってしまったのが始まりでしたからね。でもスポーツは本来「Disport(=港を出て行く)」が語源であって、自己判断や責任が求められるものだからね。誰かに命令されて体を動かすというのとは違う。

――地方創生、新しいビジネスモデル、そして教育と人材育成。岡田さんがFC今治でやろうとしていることって、ものすごく多岐にわたっているわけで、それだけ背負っているものも大きいと思います。日本代表監督をされていたときと比べて、いかがでしょうか?

 背負っているものの質がまったく違うよね。日本代表のときは、重たい鉄の固まりのようなものがガッと肩に食い込んでいるような感じ。それに対して今は、重さはあまり感じないんだけれどじわじわと首が閉まってくる感じで、ふと見上げるととても大きなアドバルーンみたいなものが乗っかっていて、「なんだこれは!」ってびっくりするような感じですかね。

――非常に分かりやすいたとえですね(笑)。

 僕にとっては、メソッド作りやスタジアム作りもそうだし、地方創生やビジネスや教育についても、全部「次世代に何を残せるか」ということで、ひとつにつながっているんです。ただ、僕は政治家ではないから、スポーツを通してそれを実現させるしかない。その意味では、ここでやっていることは自分のこれまでの仕事の集大成だし、人生最後の賭けでもある。本当はのんびり暮らすこともできたんだけれど、しょうがないよね、すでに始めてしまったから(苦笑)。

――代表監督時代とは、また違った意味で怖くなることはないですか?

 そうねえ。一歩間違えたら、大詐欺師になるからね(笑)。この間、CCTV(中国中央電視台)の仲の良かったやつが取材に来たんだけれど、そのときに「岡田さん、これは新手の投資詐欺に似てますね」って(笑)。失礼なヤツだなと思ったけれど、これを詐欺にしないためにも、僕は死に物狂いでやらなきゃいけないんですよ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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