佐藤寿人はなぜゴールを奪えるのか? 「思考の天才」が築き上げたデータベース
J通算200得点が目前の佐藤寿人。この点取り屋の極意に迫った 【写真:築田純/アフロスポーツ】
不世出のストライカーと言ってもいい
ジャーナリストは戦術的な分析をやりたがるものだ。フォーメーションの並びがどうこうだ、マンマークなのかゾーンなのか、ポゼッションかカウンターか、他にもいろいろある。最近はJリーグがトラッキングデータを発表しているので、走行距離やスプリントの回数をもとにした分析記事も見受けられる。筆者自身もパス成功率やパス本数、ボール支配率やクロスの成功率などのデータを駆使して原稿を書いていることも確かな事実だ。
それはそれで、サッカーの側面であることは間違いない。だけど、その言説が果たして本質を突いているのか。勝敗を分けるに至った本当の理由なのか。サッカーを言語化して伝えることを職業としている者として、そこは常に頭の中に刻み込むべき作業なのである。サッカーだけでなく、スポーツだけでなく。社会の中で起きている事象のほとんどにおいて、表面化していることのほとんどは氷山の一角だ。そこを理解しておかないと、思考の深化は難しい。
たとえば、佐藤寿人がなぜ点を取れるのか。
このテーマに対して、果たしてどんな答えが出せるだろう。J1通算147得点。J2と合わせたリーグ戦トータルとしては前人未踏の「200得点」まであと3点に迫った。昨年まで11年連続二桁得点を記録するなど、安定性でも不世出のストライカーと言っていい。だが、彼の身体能力は決して突出しているわけではない。高さもないし、ドリブルを持っているわけではない。ガッチリとした身体をつくりあげてはいるが、豊田陽平(サガン鳥栖)ほどの強烈さを望むのは酷だ。
なのに、佐藤寿人は点が取れる。
横浜FM戦での不思議なゴール
横浜FM戦で7試合ぶりのゴール。相手がカバーに入る中、驚くべき反応でネットを揺らした 【写真:築田純/アフロスポーツ】
右サイドからのFK。逆サイドで塩谷司がヘッドで競り合い、折り返しを水本裕貴がボレーシュート。だがジャストミートできないそのボールは、横浜FMのGK榎本哲也がキープすると思われた。たとえこぼしたとしても中澤佑二がカバーしており、横浜FM側にしてみれば失点するとは思えないシーンである。
ところが次の瞬間、ボールはゴールネットを揺らした。いったい何が起きたのか、さっぱり分からない。視線を動かすと寿人が走り、横浜の夜の空に向けて思い切りジャンプしていた。その状況から、広島のエースが7試合ぶりのゴールを決めたことは疑いない。
だけど、どうやって決めたのか。
ビデオを見ると、水本がシュートを打つ前に彼は既にスタートを切っていた。まるでボールがこぼれてくることが分かっていたかのように、その場所に走っていた。それでも寿人の動きを熟知している中澤がストライカーの前に体を入れていた。そのはずなのに、ボールはネットの中に入っている。映像ではそこの瞬間がよく分からない。
それはもう、本人に説明してもらうしかあるまい。
「本当はミズ(水本)のシュートコースを変えたかった。体勢が良くなかったから強いシュートは打てない。枠には飛ぶだろうと思ったので、ちょっと触ればゴールになる、と。そこを狙って準備したんだけど、思った以上に(ボールが)強くて。なので、逆サイドにボールがこぼれてくるという方向に(修正した)。シュートは(中澤の)股の間から。GKがキャッチすると思ったんだけど、はじいたので、そこで足を出したんです」