内山高志「1日1日強くなることが大事」=V9王者がボクシングに真摯な理由

船橋真二郎

KO以上に圧倒的な結末だったV9

内山と同じ35歳で世界初挑戦だったイスラエル・ペレスの心を砕いたTKO勝利は圧巻だった 【花田裕次郎】

 ブランクをものともせず、内山は盤石の試合運びでペレスに9回終了TKO勝ち。「詰め将棋のような、いつもの自分のボクシングができたかなと。もし、あのまま10ラウンドが始まっても、絶対に倒せるなという自信はあった」と内山は振り返る。

 ペレスの堅いガードの間を突き通す左ジャブで圧力をかけ続けた。長期間、拳を休ませたおかげで、近年にないくらい状態の良かった右も有効に使った。正面から打ち込む右ストレートはもちろん、一歩間違えれば、頭の固い部分を打つことになるため、「怖くて、最近はなかなか打てなかった」というガードの外側からテンプルを叩く右フック、ガードの真下から突き上げる右アッパー。ペレスのガードが上がれば、すかさず強烈な左ボディをねじ込む。多彩なアングルから揺さぶり、ダメージを与え、ペレスを次第に沈黙させた。

 シドニー五輪出場経験があり、豊富なアマキャリアを持つペレスだが、ケガやプロモーターとの確執で何度もブランクをつくった。プロ転向から14年、内山と同じ35歳で掴んだ世界初挑戦。ラストチャンスの覚悟もあったはずのペレスをギブアップさせたのだから、ある意味、KO以上に圧倒的な結末だ。

意識的に封じているKO宣言

「僕の場合、ちょっとでも欲が出るとダメになっちゃいますから」と意識的にKO宣言を封じて、油断を忍び込ませないメンタルを作り上げるという 【スポーツナビ】

“ノックアウト・ダイナマイト”のニックネームは、力でねじ伏せるようなスタイルを想起させるかもしれないが、これは内山のプロデビュー当時、冨樫光明リングアナウンサーが名付けたもの。理詰めでじわじわ相手を崩し、確実に試合を終わらせる堅実なボクシングこそが内山の真骨頂である。

 破格の強打の持ち主ながら、内山は試合前、リップサービスでもKO宣言はしない。「内心では絶対KOしてやると思ってますよ。実際、相手を倒すための練習をしてますから」と笑う内山が最も警戒するのは、口に出すことで心に隙が生じてしまうことだ。まして世界王者ともなれば、メディアは色めき立ち、ファンは期待し、ひいては周囲の浮ついた空気が自身に影響しかねないことも知っているのだ。
「僕の場合、ちょっとでも欲が出るとダメになっちゃいますから」

 意識的にKO宣言を封じて、油断を忍び込ませない精神を構築し、危なげのないボクシングを体現することで内山は勝ち続けてきた。

3年半悩まされた右拳のケガ

右拳のケガで3年半悩まされていた内山は、「左でKOできるようにサウスポーでも練習していた」という時期もあった 【花田裕次郎】

「昨年は1試合しかできなかったので、今年は3試合したい」と内山の表情は明るい。「3年半は右を強く打っていなかったのでバランスが若干崩れていた。次は思い切り踏み込んで、もっと腰を回転させた右ストレートを打てるようにしたい」と、まだ修正は必要としながらも、久しぶりに右拳の状態がいいままで試合を終えることができたからだ。

 裏を返せば、11年1月、現WBC世界スーパーフェザー級王者の三浦隆司(帝拳)を挑戦者に迎えた3度目の防衛戦からは、大きなハンデを背負って、戦ってきたということでもある。
「こんな状態では負けるんじゃないかという不安もありましたよ。その恐怖があるから、もっとフィジカルを鍛えよう、もっと左を磨こうとか、できることを考えましたね。実はサウスポーの練習もしてたんで。右がどうしようもなくなったときの最終手段で、左ストレートをガツンと打てるように」

足りないのは見合った舞台だけ

今後はWBC世界同級王者・三浦隆司との再戦や聖地ラスベガスでの試合など希望を語るものの、「1日1日強くなることが大事」とこれからも真摯な姿でボクシングに向かい続けていく 【スポーツナビ】

 近年にないコンディションで迎えたことしは、まさに天の配剤とも言うべき好機である。11月で内山は36歳になる。ボクサーとして残された時間は決して多くはない。残してきた実績は十分過ぎる。実力もまた申し分ない。足りないのはただ、内山に見合った舞台のみだ。ワタナベジムの渡辺均会長は「内山が望むなら海外で」と明言するが、利害や思惑が絡み合うビジネスだけに望めば実現するという話ではないことも確か。

「成長した三浦くんともう一度やるのも楽しみだし、チャンスがあれば、他の団体のベルトもほしいですよ。もちろん、ラスベガスで試合をしたい気持ちもありますよね」
 内山自身、そう希望を語るが、内山はやはり内山である。自分ではどうにもできないことに心とらわれ、一喜一憂するような愚を犯すことはない。
「今はとにかく毎日しっかり練習して、1日1日強くなることが大事ですね。真面目にやっていれば、チャンスは来ると信じているので」
 ただひたすらにボクシングと真摯に向き合い続けてきた男だからこそ、近い将来、その価値を証明する大きな舞台が用意されてほしいと願うばかりだ。

2/2ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント