山形を後押しした「心理面の駆け引き」 J2・J3漫遊記 J1昇格プレーオフ編

宇都宮徹壱

オシムからのメッセージ

国立競技場が閉鎖されたため、今年のJ1昇格プレーオフは味の素スタジアムでの開催 【宇都宮徹壱】

「今、私は、グラーツに雪が降り始めるのを待っている。雪とともにスキーのシーズンが到来し、本格的な冬が始まる。同時に、ジェフの幸運を祈っている。関塚監督は、ここまでいい仕事をしていると聞く。(中略)彼のもとで万全の準備を整え、ポジティブなサプライズをチームが起こすことを。そして試合の後で、皆さんと心ゆくまでチームの進歩を語り合えることを、心から願っている」(ジェフユナイテッド千葉の公式HPより)

「ジェフの元監督である私は、ジェフのJ1昇格を願っている。しかし同時に、山形の飛躍も願っている。ジェフが長い間、J1に昇格できないこと自体が、日本サッカーの進歩を示している。そして今年、山形がジェフを破り昇格を果たすのであれば、それもまた日本サッカーの進歩の証明になる。そのときにはまた、改めておめでとうを言いたい」(モンテディオ山形の公式HPより)

 J1昇格の残り1枠をめぐって行われるJ1昇格プレーオフ。12月7日に東京・味の素スタジアムでの決勝を前に、元日本代表監督のイビチャ・オシムが、ファイナリストの2チームにそれぞれメッセージを送っていた。てっきり盛り上げのためにJリーグから依頼があったのかと思ったのだが、顔なじみのJリーグ広報によれば「ご本人が自主的に送られたようです」とのこと。親日家としても知られるオシムだが、離日して約6年も経つのに今なお古巣の千葉のみならず、Jリーグや日本サッカーのことを気にかけてくれるのは、何ともうれしい限りである。

 言うまでもなくオシムは、千葉のサポーターにとって「黄金時代」の象徴的な存在である。就任1年目の2003年は年間総合順位3位、04年は同4位、1シーズン制となった05年も4位でフィニッシュし、この年のヤマザキナビスコカップも制している。翌06年、日本代表監督に転じたオシムに代わり、息子のアマル・オシムがシーズン途中でチームを引き継いでからは、ナビスコ2連覇こそ達成したものの、リーグ戦では11位にまで低迷。09年には、前身の古河電工時代も含めて初めての降格を経験し、以後5シーズンにわたってJ2暮らしを余儀なくされている。「もといた場所」に戻りたいという希求は、クラブ関係者もサポーターも、もはやピークに達していることは容易に想像できよう。

 一方の山形は、09年から11年までの3シーズンをJ1で過ごしたものの、J2に降格した最初の2シーズンは2桁順位(いずれも10位)に甘んじた。3年目となる今季は、柏レイソルとコンサドーレ札幌をJ1昇格に導いた石崎信弘を新監督に迎え、ギリギリの6位でプレーオフ進出を果たす。そしてジュビロ磐田との準決勝では、GK山岸範宏による奇跡のゴールで勝利し、勢いをそのままに千葉への出場権を獲得した。オシムは、古巣への配慮を示しつつも「山形有利」と見ているようだが、果たして──。

経験値はアドバンテージとなるか?

「一戦必勝」のスローガンにイエローとグリーンのコレオグラフィーで選手を鼓舞する千葉のサポーター 【宇都宮徹壱】

 試合会場の味スタで、最初から横断幕のメッセージを掲げていたのは千葉だった。そこには「一戦必勝」の4文字。非常にシンプルながら、今日の試合に臨む選手とサポーターの気持ちを端的に表している。今回のJ1昇格プレーオフは、J1ライセンスを持たないギラヴァンツ北九州がプレーオフ圏内の5位でフィニッシュしたため、3位の千葉は準決勝を免除された。つまり、大阪・長居で山形と対戦した天皇杯準決勝以降、まるまる10日間をこの日の90分の準備に費やすことができたのである。

 日程面に加えて戦力面を考えるなら、こちらも優位に立つのは千葉であろう。キャプテンの山口慶をはじめ、山口智、佐藤勇人、森本貴幸など、経験豊かなタレントをスタメンに並べ、ベンチにもケンペスや兵働昭弘や田中佑昌が控えているのだ。さすがに山形の2倍以上のチーム人件費をかけているだけのことはある。対する山形は、得点源であるディエゴが準決勝で右足ハムストリングを痛めてベンチスタート。直前の全体練習には合流したと伝えられるが、どの程度回復したのかは未知数である。

 もっとも、日程や戦力だけでは推し量れないのが、このJ1プレーオフの難しさであり面白さでもある。特にこの試合で無視できないのが、「心理面での駆け引き」。たとえば、11日前の天皇杯準決勝で対戦した結果(3−2で山形が勝利)は、この試合にどのような影響を及ぼすのであろうか。あるいは、準決勝を勝ち上がってきた山形と1試合のみの千葉とでは、選手の気持ちの面でどちらが有利なのか。はたまた「引き分けでOK」という千葉は、「勝たなければならない」山形よりも優位に立てると言い切れるのか。

 とりわけ個人的に注目しているのが、このプレーオフでの経験値の差である。千葉は過去2回のプレーオフを経験しているが、山形は今回が初めて。経験値という意味では、一見すると千葉に分があるように感じられるかもしれない。しかし一方で彼らには、自動昇格を逃したために涙をのみ続けてきたというトラウマがあるのも事実。しかも今回の決勝は、2年前の大分トリニータ(0−1)との決勝に極めてシチュエーションが近いのは気になるところだ。むしろプレーオフの怖さも知らなければ、失うものが何もない山形のほうに、心理的なアドバンテージがあるのかもしれない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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