山形を後押しした「心理面の駆け引き」 J2・J3漫遊記 J1昇格プレーオフ編

宇都宮徹壱

またしても存在感を示した「山の神」

準決勝に続きこの日も好守を連発したGK山岸。「山の神」とさえ言えるほどの活躍ぶりでチームを後方から支えた 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 晴天ながら底冷えのする中、15時30分にキックオフ。序盤からペースをつかんだ千葉は、中村太亮の正確なプレースキックからたびたびチャンスを作り、前半25分にはコーナーキックから町田也真人が惜しいヘディングシュートを放つ。しかしこの日の山形は、多少の硬さこそ感じられたものの、ディフェンスの連動性は実にスムーズに感じられた。相手のサイドからの崩しに対しては、両ウイングの山田拓巳とキム・ボムヨンがしっかりと対応。前線の森本にボールがわたると、次の瞬間には青い包囲網ができ上がっている。結局、この日の森本は山形の身体を張った守備に阻まれ、シュートゼロに終わった。

 そして前半37分、ついに試合が動く。左からのコーナーキックのチャンスをつかんだ山形は、キッカーの宮坂政樹が千葉GK高木駿にはじき返されたボールを再び中に入れ、これに山崎雅人が頭で反応。逆を突かれた高木は対応しきれず、これが先制点となる。準決勝の磐田戦に続いて、上位チーム相手にリードした山形だが、対する千葉も残り時間は十分にあるので焦りはない。山形の石崎監督は、後半のゲームプランについて「自分たちのやり方を変える必要はない」と考えていたようだ。

「ジェフは1点を取れば引き分けでOKというところで、前掛かりに来るのは分かっていました。それに対して、カウンター攻撃のところでどう勝負できるか、考えながらやっていたんですけど。(中略)後半の途中から、千葉の左サイドの谷澤(達也)と中村のところで崩されるようになった。このままではやられると思い(山崎に代えて)ロメロ・フランクを入れて、ある程度ゲームを落ち着かせることができました」

 後半の山形が1点のリードを保ち続けることができたのは、こうした迅速なベンチワークに加え、持ち前の運動量が極端に落ちなかったこと、そしてリーグ戦終盤から持続してきた勢いと自信によるところが大きかった。対する千葉は、後半32分にケンペスを投入すると、終盤は従来のつなぐサッカーを放棄して、なりふり構わずに前に蹴り込むサッカーで猛攻を仕掛ける。この時、最終ラインで存在感を放っていたのが、山形の守護神(というよりも、もはや「山の神」と言ったほうがよいのかもしれない)山岸であった。

 それまでも好セーブを連発していた山岸だが、圧巻だったのがアディショナルタイムでのビッグセーブ。森本のドリブルにいったんかわされるも、折り返しからケンペスが反転して放った決定的なシュートに、驚異的な反応で止めてみせた。そして4分間のアディショナルタイムをしのぎきってタイムアップ。山形の勝利が決まった瞬間、「山の神」は感極まって両手を天に突き上げる。しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと、敗れた千葉の選手たちに次々と握手を求めていた。山岸の素晴らしさは、決してプレーだけにはとどまらない。そのことを、あらためて認識させられた光景であった。

下位チームが有利なレギュレーション

過去3回の決勝はすべて下位チームの勝利。上位の優位性が生かされないのは日本人選手のメンタリティーに起因する問題なのかもしれない 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 試合後の監督会見は、それぞれに悔しさとうれしさを滲ませながらも、両者のキャラクターが色濃く感じられるものとなった。敗れた千葉の関塚隆監督は「千葉にかかわるサポーター、それから皆さんに本当にJ1昇格ということを実現できなくて、申し訳なく、そして残念に思っています」と無念そうに語った上で、「山形さんの(昇格への)気持ちが一つ上回ったんじゃないかなと思います」として、戦力だけでは測れない相手との差があったことを素直に認めた。

 一方の石崎監督。これで3クラブを昇格させたことについて、その秘訣を問われると「やはり自分がサッカーをうまくなりたいとか、試合に勝ちたいとか、さらに上のレベルに行きたいとか、そういう気持ちの部分を(選手には)強く持ってもらわないと。きついトレーニングが待っていますので」と語り、これまでのハードなトレーニングが実を結んだことをさりげなく認めた。また、最後に選手から胴上げされたことについては「6位で胴上げというのは恥ずかしい。昨日のガンバ(大阪)みたいに優勝して胴上げならいいんですけど」と苦笑い。このあたりの朴訥(ぼくとつ)さは、いかにもこの人らしい。

 ゲームが終わった今、あらためて「心理面の駆け引き」について考えてみたい。天皇杯での対戦とプレーオフの試合数に関しては、「勢いと自信を与えた」という意味で山形にアドバンテージがあったと言えよう。翻って千葉は、「引き分けでもOK」という上位チームの優位性やプレーオフでの経験値をプラスに変えることはできなかった。今年で3回目となるプレーオフだが、決勝で下位のチームがすべて勝利したのは決して偶然ではないように思える。上位チームに担保された優位性が生かされないのは、何も千葉だけではなく、日本人選手のメンタリティーに起因する問題なのかもしれない。

 結局のところ、プレーオフで強みを発揮するのは、短期決戦と愚直な戦術に長けた勢いのあるチームである。ただし、そのスタイルでJ1に残留するのが極めて難しいことも過去の事例が証明している。晴れて4シーズンぶりのJ1復帰を果たして山形だが、そうした厳しい現実にどのように対処してゆくのか注目したい。そして、3年連続でプレーオフに敗れた千葉。来季、本気で自動昇格を目指すのであれば、これまで以上に抜本的な改革は不可避となろう。「ジェフが長い間、J1に昇格できないこと自体が、日本サッカーの進歩を示している」とは、山形に送られたオシムのメッセージである。少なくとも千葉の関係者とサポーターは、この親心あふれる諧謔(かいぎゃく)にもっと奮起すべきだ。おそらくは当のオシム自身、それを願っていることだろう。

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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