本田圭佑が今あえて貫くプレースタイル ダービー直後に語った“新しいものさし”

木崎伸也

先発落ちも穏やかな表情

インテルとのミラノダービーを終え、穏やかな表情でサポーターへあいさつする本田 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 ミラノダービーの試合後――。ミックスゾーンに設置されたTVブースで待っていると、スーツ姿の本田圭佑が穏やかな表情で現れた。

 数分前に広報から「ケイスケは着替えてからインタビューを受ける」とゴーサインが出ていたとはいえ、試合が1対1の引き分けに終わったこと、本田は先発から外れて後半28分からの出場だったことを考えると、もっとピリピリしたオーラを放っていてもおかしくなかった。

 ところが、本田は不敵な笑みを浮かべていたのである。初めて立ったミラノダービーのピッチにおいて、本田はどんな風景を見ていたのだろうか?

 本田が今回のダービーで先発を外れることは、すでに前日会見でほのめかされていた。日本代表招集による“移動の疲れ”を理由に、フィリッポ・インザーギ監督は本田のベンチスタートの可能性を否定しなかったのだ。ダービーのスタメン表が配られると、ミランの先発メンバーに背番号10はなかった。

 今年5月のダービー(1−0でミランの勝利)でも、本田は先発から外れてしまった。クラレンス・セードルフ監督(当時)が守備を重視したからだ。結局、ミランが先制点を奪ったことも影響して出番なし。インテルに所属する長友佑都との日本人対決は実現しなかった。本田は試合後、悔しさをぶつけるかのように無人のピッチで猛ダッシュを繰り返した。

特別な試合で得た手応え

後半28分、トーレスに代わって試合に出場した本田 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 今回もミランが先制しており、その状態が続いたら本田は起用されなかった可能性もある。だが、試合を振り出しに戻したのは、親友の長友だった。後半16分、長友のアーリークロスがミランのDFに当たり、そのこぼれ球をジョエル・オビが押し込んで、インテルが同点に追いついた。

 もはやエースを温存している場合ではない。後半28分、インザーギはフェルナンド・トーレスに代えて本田を投入した。それにともないシステムを4−2−3−1から4−4−2に変更。本田に与えられたのは右MFのポジションだった。

 出場から5分後、いきなり本田がビッグプレーを見せる。マイケル・エッシェンからロングパスを受けると、縦方向にドリブルでぐいぐい進み、スローダウンした瞬間に切れ込んでブラジル代表のドドを引きはがした。左足で放ったシュートはGKにキャッチされたが、スタンドからは大きな拍手があがった。

 昨季、本田は右サイドからドリブルで切れ込もうとしても、相手に並走されて、なかなかシュートを打てなかった。しかし、このダービーでは巧みなドリブルの緩急でシュートまで持っていったのである。新たな武器だ。

 後半38分には本田が左方向へサイドチェンジのパスを出すと、一気にゴール前に駆け上がった。ジャコモ・ボナベントゥーラからの折り返しのパスは至近距離にいたジェレミ・メネスに先に触られたが、「パスを出したあとも足を止めず、ギアを入れて加速する」という今季の良さが継続されていた。“パスの出し手”だった男が、今季は“仲間が思わずパスを出したくなるレシーバー”になっている。

 ミラノダービーは選手がけがを恐れず、リミッターを外してプレーする特別な試合だ。そのハイパワーの限界領域で、取り組んでいる武器が機能した――。手応えを感じたからこそ、本田は笑みを浮かべていたに違いない。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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