北九州の躍進を支える充実感と気概 J2・J3漫遊記ギラヴァンツ北九州<前編>

宇都宮徹壱

ぶっつけ本番だった柱谷体制1年目

北九州を率いて2年目の柱谷監督。1年目のシーズンは「ぶっつけ本番だった」と振り返る 【宇都宮徹壱】

 ギラヴァンツ北九州の源流をたどると、1947年に創部された三菱化成黒崎サッカー部に行き着く。世紀が変わった01年、三菱化成黒崎は市民型クラブのニューウェーブ北九州となり、将来のJリーグ入りを目指すようになる。その後、紆余曲折(うよきょくせつ)はあったものの、07年には地域決勝を突破してJFL昇格、さらに09年にはJFL4位となって念願のJ2昇格を果たす。九州では5番目、福岡県ではアビスパ福岡に次いで2番目のJクラブ誕生となった。

 しかし、クラブ名をギラヴァンツと改めて臨んだJ2最初のシーズン(10年)は、惨憺(さんたん)たる成績に終わった。何と1勝しか挙げられず、リーグ戦31試合連続未勝利という不名誉な新記録を打ち立ててJ2最下位(19位)。JFLとJ2昇格に尽力した与那城ジョージ監督は解任され、後任には三浦泰年が起用される。続く11年は8位、12年も9位と一桁順位を確保したものの、このシーズンを最後に三浦は退任して、古巣である東京ヴェルディの監督に就任。佐藤優也、安田晃大ら6人の選手が三浦についていく形で東京Vに移籍した。

 その一方でクラブの方針転換から、期限付き移籍していた選手の大半が元のクラブに復帰することとなり、池元ら7名を除く実に20名が入れ替わることとなった。現監督の柱谷幸一が北九州にやってきたのは、こうしたスクランブルな状況下である。もちろん当人は、それを承知の上で指揮官を引き受けたわけだが、それでも最初のシーズン(13年)の苦労は並大抵ではなかったことを打ち明けている。

「まず着手したのが来季の編成ですよね。選手のリストアップは(就任前の)11月から。残る選手の特徴を把握して、どういうタイプの選手が必要かポジションごとに当てはめていく作業からスタートしました。とはいえ、(人件費の)予算は1億3000万円と決まっています。ですから、かつて僕が監督をやった(モンテディオ)山形や京都(サンガF.C.)や栃木SCにもGMと一緒に出向いて契約の交渉にあたりました。そうやって選手を集めてから春のキャンプをスタートさせて、さらに試合をしながら選手の特徴をつかんでいくという、そんな感じでしたね」

 まさにぶっつけ本番の1年目。一時は6連敗を喫して降格圏内の21位までに低迷するも、最終的には16位でシーズンを終えた。よくぞ降格を免れたと、むしろ評価すべきであろう。ただし柱谷自身は、2年目に向けての密かな確信があったようである。

「夏までが大変でしたね。4バックでスタートして、途中から3バックや5バックも考えましたが、あまりコロコロ変えても選手が迷うだけなので4バックをベースにしました。コンセプトが固まったのは夏以降でしたね。山形では1年目で、それ以外のチームでも2年目で結果を出しているので、ベースを変えずに根気強くやっていれば必ず結果はついてくるという確信はありました。今にして思えば、あの時にブレなくてよかったと思います」

J1ライセンスを度外視したチャレンジ

スタジアムがJ1基準に満たないため、今季の昇格がない北九州。それでも選手も監督もモチベーションは高い 【宇都宮徹壱】

 就任2年目となる今季、順位もさることながら目をひくのが失点の減少である。昨シーズンは60あった失点が、今季は第35節を終えた時点で40(編注:第40節終了時点では47)。1試合平均にすると1.43から1.14にまで減少している。指揮官の柱谷自身、今季は「いい守備から入る」ことを念頭に置いていると語る。

「長いシーズンを戦う上で、守備のベースは必要。そこからカウンターを狙うか、それができないときはボールを保持しながらアタッキングサードまで運ぶことを心がけています。しっかりした守備を構築しながら、いかに攻撃の回数を増やしていくか。それには、ボールを奪ったあとのポゼッションにかかっていると思います。幸い今のメンバーは、ひとりひとりがアイデアも技術も持っているので、いろんなポイントを使いながら攻撃できるようになりましたね」

 その一方で気になるのが、選手のモチベーション維持。今季のJ1昇格の可能性がゼロであるにもかかわらず、なぜチームはこれほどまでに高順位を維持しているのか。おそらく何度も聞かれたであろう質問に対しても、柱谷は丁寧にその理由を語ってくれた。

「今シーズンをスタートするにあたり、『J1に昇格できないけれど、それを前提でやってほしい』ということを、選手ひとりひとりに話しています。それは、新たに獲得した選手に対してもそうです。ただ、基本的にウチに来る選手は、他のチームで出番がなくてアウトになったのがほとんどです。ウチでは主力の風間にしても、去年は川崎での出場機会が限られていた。それもあるから、頑張れる部分もあるんじゃないかと思います」

 J1昇格だけが、プレーヤーとしてのモチベーションの源ではない。それが柱谷の確固たる考えである。なるほど確かに、北九州の試合を見ていると、選手ひとりひとりが存分にプレーできる充実感と、ライセンス度外視でどこまで上に行けるかチャレンジしてやろうという気概がひしひしと感じられた。そうした充実感と気概を感じているのは、何も選手に限った話ではない。柱谷自身、北九州での仕事に大きなやりがいを感じている。

「結果と内容とフェアプレー、この3つは絶対に譲れないですね。たとえ昇格できなくても、J2というリーグでひとつでも順位を上に上げていくことに変わりない。しかもリーグ全体で19番目くらいの予算のチームで4位以上になったら、周りからも評価されるじゃないですか。反則ポイントについても、かつてはJ1・J2通じて最も高かったですが(2011年)、今は下から2番目だし、アクチュアルプレーイングタイム(実際のプレー時間)も5〜6番目です。そうした昇格以外での評価というのも、指導者としてのモチベーションになりますね」

<後編につづく。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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