「限界に挑戦」湘南に脈打つ指揮官の哲学=Jリーグで生きる人々 チョウ・キジェ後編

北條聡

J1昇格1年目でなめた辛酸

J2を独走する湘南のチョウ監督。その指導哲学に迫る 【写真提供:湘南ベルマーレ】

 湘南ベルマーレがJ2リーグの首位を突っ走っている。24節から3試合連続でドローが続いたものの、黒星は依然として15節で愛媛FCに敗れた1つだけ。2位につける松本山雅を勝ち点で15ポイントも上回っている(第28節終了時点)。双方の間には5勝分の開きがあるわけだ。

 昨季のJ2を1位で終えたガンバ大阪の勝ち点が87だから、残り14試合であと14ポイント稼げば、追いつく計算になる。もちろん、こうした数字はJ1への昇格を約束するわけではないものの、昇格争いにおいて大きなアドバンテージになるのは間違いないところだろう。チームを率いるチョウ・キジェ監督は最近、ふと次のような考えが頭に浮かぶのだという。

「もしサッカー専用スタジアムで現在のサッカーを続ければ、もっとお客さんが来てくれるんじゃないか。ふとハードの部分を想像しているんですよ」

 ただ勝つための、結果を残すためだけのサッカーをしているわけではない。観ている人に楽しんでもらえるようなサッカーをやっている。そうした自負があるからだろう。内容と結果をうまく両立させている現状は理想的かもしれない。もっとも、昨年の今頃はJ1で苦しい戦いを強いられていた。

 昨季は昇格1年目のJ1リーグで辛酸をなめている。全34試合でわずか6勝しか挙げられず、29節から最終節まで6連敗。18チーム中16位に終わり、たった1シーズンでJ2に降格している。チョウ監督によれば、こうしたシビアな現実に直面したことが今季の引き金になっているという。

「僕自身にとって初めてのJ1だったし、選手たちの多くもJ1で戦った経験がなかった。自分たちには何ができて、何ができないのか。僕も、選手たちも身をもって、それを認識することができた。それが間違いなく、今季の戦いにつながっている」

「まだまだ伸びしろがあると思っている」

J1で戦った昨季は地に足がついていなかった。チョウ監督は浮き沈みの激しいチームを「まるでジェットコースターのようだった」と振り返る 【写真:アフロスポーツ】

 いったい、J1を戦う上で何が足りなかったのか。実のところ、テクニックやフィジカルの面で、そこまで大きな差は感じなかったという。むしろ、違いは自信や経験といったメンタルに関わる部分だった。チョウ監督が言う。

「ゲームを読む力や状況判断に差があった。J1レベルの選手たちは、やるべきことをやり、やってはいけないことはやらない。うちには余裕や落ち着きがまったくなかった」

 リードしている状況にも関わらず、浮き足立ち、ミスを重ね、スコアをひっくり返される試合も少なくなかった。痛恨の逆転負けを食らった横浜F・マリノスとのJ1開幕戦が好例かもしれない。地に足がつかず、浮き沈みの激しいチームを「まるでジェットコースターのようだった」と、チョウ監督は振り返る。だが、こうした苦い経験の中で、選手たちは確かな手ごたえをつかんでもいた。なぜか。

「すごく単純なことです。相手から球を奪う、相手をかわすといった具合に自分が『相手を上回った』ことを体感すると、次のプレーで積極的に球を受けられるようになる。自信がついたわけです。レベルの高い相手にも球を回せる、球を奪えるといった成功体験が、今季の戦いにつながっている感じですね」

 いくら戦術面の修正を施しても、球をもらいたくないと思っている選手がいたら、球は回らない。同じように、球を奪えないと思っている選手がいたら、球を奪えない。選手が失敗を恐れている限り、事態が好転することはないわけだ。いかに成功体験を積み重ねるか。そこが極めて重要になってくる。

「J1で戦うにあたって、補強が必要だとは考えなかった。能力の高い選手がいないからダメだと思ったことは一度もないんですよ。選手たちが日々、成長していけばいいわけですから。1人ひとりの才能を伸ばしていきたいし、彼らの成長が楽しみでもあるんですよ。完成されていませんからね。まだまだ伸びしろがあると思っています」

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著者プロフィール

週刊サッカーマガジン元編集長。早大卒。J元年の93年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。以来、サッカー畑一筋。昨年10月末に退社し、現在はフリーランス。著書に『サカマガイズム』、名波浩氏との共著に『正しいバルサの目指し方』(以上、ベースボール・マガジン社)、二宮寿朗氏との共著に『勝つ準備』(実業之日本社)がある。

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