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米国代表が見せた粘り強さの秘密
監督が呼び覚ました“フロンティア精神”

過酷なスケジュールの中、GLを突破

延長後半2分、途中交代で入ったグリーン(右)が得点しベルギーに迫ったが、あと一歩届かなかった
延長後半2分、途中交代で入ったグリーン(右)が得点しベルギーに迫ったが、あと一歩届かなかった【写真:ロイター/アフロ】

 ワールドカップ(W杯)ブラジル大会を戦う米国代表は、出場32カ国中で最も過酷なスケジュールを強いられた。ベースキャンプをサンパウロに張る一方、グループステージの試合開催地はガーナ戦がナタール、ポルトガル戦がマナウス、そしてドイツ戦がレシフェと、3試合ともブラジル北部や北東部の都市だった。いずれもサンパウロからは2000キロ以上離れており、しかも気候は高温多湿。サンパウロから移動して蒸し暑いスタジアムで試合、すぐにサンパウロに戻ってリカバリーし、また移動という日々を送った。しかもグループGの4カ国は、米国も含めすべてが南アフリカW杯で決勝トーナメントに進んでいる強豪国だったため、ウルグアイ、イングランド、イタリア、コスタリカが同居したグループDと並ぶ“死の組”と見られていた。


 ガーナ戦ではエースストライカーのジョジー・アルティドールが前半途中に負傷し、続くポルトガル戦は夜のキックオフだったにもかかわらず気温30度、湿度66パーセントという蒸し暑さの中での試合、そしてドイツ戦は降りしきる激しい雨の中での試合を強いられ、心身両面における疲弊の蓄積は生半可なものではなかった。


 それだけの厳しい条件が重なる中、米国は3大会連続の対戦となった宿敵ガーナを下し(2−1)、ポルトガル戦では後半ロスタイムに同点ゴールを許す悔しい展開ながら勝ち点1を獲得(2−2)。ユルゲン・クリンスマン監督との因縁が深いドイツとの雨中決戦は最少失点で乗り切り(0−1)、グループ2位で決勝トーナメント進出を果たした。過酷な戦いを乗り切るために彼らは万全の準備を進めており、それが結実する形となった。

ドノバン落選で動揺も親善試合で自信を深める

 大会前、米国代表はカリフォルニア州スタンフォードでトレーニングキャンプを行い、サンフランシスコでアゼルバイジャン代表と、ニュージャージー州ハリソンでトルコ代表と、そしてフロリダ州ジャクソンビルでナイジェリア代表とテストマッチを行ってからブラジル入りした。


 キャンプ地から遠く離れた場所で試合を行ったのは、スポンサーの意向もあるだろうが、ブラジルでの長距離移動を想定したものだったに違いない。そしてアゼルバイジャンを仮想ドイツ、トルコを仮想ポルトガル、ナイジェリアを仮想ガーナに見立て、移動の感覚を体に染み込ませつつ、どのように戦えばいいかを入念に分析していった。


 テストマッチに挑む直前、代表の選手たちは激震に見舞われている。クリンスマン監督は5月22日に23人の最終メンバーを発表したのだが、その中に米国代表の歴代最多得点記録を保持し、4大会連続のW杯出場が確実視されていた“リビング・レジェンド”ランドン・ドノバンの名前がなかったのだ。

「ブラジルでの戦いを想定した時、他の選手がランドンよりも上位にあった」と指揮官は落選の理由を語ったが、これまでドノバンに導かれるように戦ってきた選手たちは激しく動揺したはず。以前からクリンスマン監督とドノバンの不仲説もささやかれていたため、ともすればチームが空中分解する危険性もあった。


 その中で行われたテストマッチで、米国は3連勝を飾った。トルコ戦では指揮官の勧めでドイツから国籍変更を行い、“秘蔵っ子”的な存在である右サイドバック(SB)のファビアン・ジョンソンやキャプテンのクリント・デンプシーがゴールを挙げ、ナイジェリア戦では長らく不振にあえいでいたアルティドールが2ゴールを奪った。


 上々の内容と結果を得たことによってドノバンのショックは払拭(ふっしょく)され、選手たちは自信と結束力を高め、万全の状態でブラジル入りすることができた。これがグループステージでの粘り強いパフォーマンスにつながったと考えられる。

池田敏明

大学院でインカ帝国史を研究していたはずが、「師匠」の敷いたレールに果てしない魅力を感じて業界入り。海外サッカー専門誌の編集を務めた後にフリーとなり、ライター、エディター、スペイン語の翻訳&通訳、フォトグラファー、なぜか動物番組のロケ隊と、フィリップ・コクーばりのマルチぶりを発揮する。ジャングル探検と中南米サッカーをこよなく愛する一方、近年は「育成」にも関心を持ち、試行錯誤の日々を続ける

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