米国代表が見せた粘り強さの秘密 監督が呼び覚ました“フロンティア精神”

池田敏明

ダークホース・ベルギーに対し延長戦も覚悟していた

延長戦も覚悟して臨んだクリンスマン監督。想定は当たったが、ダークホースと目されるベルギーに勝つことはできなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 迎えた決勝トーナメント1回戦の相手は、グループHで3連勝を飾ったベルギー。若いタレントがそろい、今大会のダークホースとも目される注目チームだ。相手の勢い、そして自軍の選手たちの疲労度を考慮したのか、クリンスマン監督は前日記者会見で「120分間の戦い(=延長戦突入)も視野に入れている」と語り、実際にそのような戦いを実践することとなる。

 以前の米国は堅守速攻を持ち味とするチームで、ロングパスに前線の選手が走り込むスタイルが特長だった。クリンスマン監督は就任以降、そんなチームにドイツ代表監督時代にも実践していたポゼッションスタイルを導入した。

 布陣は4−4−2から4−2−3−1に変更され、中盤で選手が連動して動き、素早くボールを回して攻め立てるスタイルを確立させた。しかしこの試合で、米国は敢えて守備的な戦いに終始した。ベルギーに攻め込まれ、次々にシュートを打たれたものの、守護神ティム・ハワードのビッグセーブ連発もあって失点は許さず、スコアレスのまま90分間を終了する。相手を消耗させ、焦りを誘った状態でPK戦までもつれ込めば勝機は見えてくる。そんな意向が読み取れるような戦いぶりだった。

クリンスマンの采配が的中し、最後まで諦めなかった

 しかし延長前半開始早々、ケビン・デ・ブライネのゴールでベルギーに先制を許すと、米国は戦い方をガラリと変えた。攻撃意識を強めて何人もの選手がパスワークに絡み、サイドエリアへの巧みな展開から次々にチャンスを作り出していく。クリンスマンが志向する本来の米国の形であり、ここまでの急激なギアチェンジは、今までの米国代表にはできなかっただろう。

 延長前半終了間際にロメル・ルカクに追加点を奪われたが、指揮官も選手たちも諦める姿勢は見せなかった。延長後半開始時のジュリアン・グリーン投入がその表れだ。3月にドイツからの国籍変更が認められて5月にデビューを飾ったばかり、代表3試合目がW杯の大舞台で2点を追う状況。そんな19歳の若者に大きな期待を寄せるのは酷だったかもしれないが、彼は非常に攻撃志向が強く、左サイドからの鋭い突破でチャンスメークができる。そして実際にこの采配はズバリ的中し、延長後半2分にはマイケル・ブラッドリーのフィードに走り込んで強烈なボレーシュートを決め、1点差に追い上げてみせた。

 ドノバンが外れ、“23人目の選手”として最終メンバーに滑り込んだのがこのグリーンだっただけに、今となってはクリンスマン監督の判断が正しかったと言わざるを得ない。

 最後まで攻め続けながらあと一歩およばず、残念ながら決勝トーナメント1回戦でW杯の戦いを終えた米国。「今日の試合だけではなく、大会を通じて素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた選手たちを誇りに思う。彼らは米国のプライドを築き上げてくれた。米国のスポーツ界はこれからも成長し続ける。もっともっと強くなれるし、前進するためにやるべきことはたくさんある」。試合後、クリンスマン監督はそう語って選手たちをたたえ、未来に向けての展望を語った。

 伝統をあえて破壊し、新たな道を築いていくのが彼に与えられた任務。米国人が本来、備えているはずの“フロンティアスピリット”をドイツ人のクリンスマンが呼び起こしたことが、今大会での粘り強い戦いにつながったのではないだろうか。クリンスマン監督は2018年までの契約を結んでいる。4年後のロシアW杯で、米国はどこまで進化した姿を見せてくれるだろうか。

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著者プロフィール

大学院でインカ帝国史を研究していたはずが、「師匠」の敷いたレールに果てしない魅力を感じて業界入り。海外サッカー専門誌の編集を務めた後にフリーとなり、ライター、エディター、スペイン語の翻訳&通訳、フォトグラファー、なぜか動物番組のロケ隊と、フィリップ・コクーばりのマルチぶりを発揮する。ジャングル探検と中南米サッカーをこよなく愛する一方、近年は「育成」にも関心を持ち、試行錯誤の日々を続ける

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