“世界を知る男”加藤陽一が現役に別れ 黒鷲旗で見せた変わらぬエースの肖像

米虫紀子

仕事をまっとうした現役最後の一日

黒鷲旗で最後の戦いを終えた加藤。全日本での活躍や海外移籍など華々しいバレー人生に幕を下ろした 【坂本清】

 黒鷲旗全日本男女選抜大会3日目の5月3日、Bコート第2試合。ラストゲームを終えたつくばユナイテッドSun GAIAの加藤陽一は、チームメートに肩車されてコートを一周した。隣のコートでは試合が続いている。公式ではないささやかなセレモニーだったが、加藤は幸せそうにほほ笑んでいた。胴上げに前所属チームJTサンダーズの選手たちが加わった時には、さすがに驚いた表情を見せ、少し照れくさそうに三度宙を舞った。

「選手としてやり残したことはまったくありません」

 試合後に行われた記者会見では、清々しい表情で語った。
「バレーボール人として目指していた五輪への道はかなわなかったのですが、海外への挑戦を選んだことに対して、ファンの方たちや家族、スポンサーの方々がバックアップしてくれた。そしてVプレミアリーグに戻り、最後はクラブチームでプレーするというように、プレーヤーとして自分が思うようにできた。自分の夢をかなえてくれてありがとうございましたと、みなさんに本当に感謝しています」

 現在37歳。体のキレやジャンプ力が衰え、自分が思い描くプレーができなくなったことが、引退を決意した理由だと言う。「お金を払って来てもらっているファンの人たちに見ていただけるパフォーマンスができなくなった。プロフェッショナルの、見せるエンターテインメントとしてのバレーボールができなくなりましたから」

 それでも、最後の大会と決めた黒鷲旗では、力を振り絞り、プロとしてのプライドを見せた。グループ戦3連敗に終わったが、セット終盤にサーブやスパイクで勝負強さを発揮し、Vプレミアリーグのパナソニックパンサーズ(1−3)、ジェイテクトSTINGS(1−3)からセットを奪い、見せ場を作った。

 記者会見を終えると、3連戦にフル出場し疲労困憊(こんぱい)の体を引きずって、毎試合恒例のファンサービスに向かった。会場内に設けられたつくばユナイテッドのブースには長蛇の列ができた。加藤は1時間以上にわたり、サインや写真撮影に応じ、プロ選手としての最後の仕事をまっとうした。

 今後についてはまだ決まっていないが、選手の指導やバレーボールの普及、つくばユナイテッドの活動に、何らかの形で携わっていきたいと語った。

全盛期に海外へ。波乱のバレー人生

 中学でバレーを始めた加藤は、筑波大学在学中に全日本デビューした。日本人離れした跳躍力で舞い上がり、豪快にスパイクを決める姿は一躍脚光を浴び、人気、実力ともに日本トップに上りつめた。

 そして2002年、26歳でプロ選手となり、東レアローズからイタリア・セリエAのSISLEY TREVISOに移籍。そのシーズン、セリエAでリーグ優勝を経験した。

「若い選手たちも、日本の内に向いているのではなくて、外にどんどん視野を広げてもらえればと思って海外を選択しました。サッカーや野球のように、海外でプレーしたい、もっと高いレベルでやりたい、と自分の後に続いてくれる選手が出てくれることを期待していました」

 全日本で活躍中の選手が海外に移籍するのは初めてのことだった。日本バレーが強くなるためにも、という思いがあっての決断だったが、海外のリーグに所属すると、他の選手と同じようには全日本の合宿に参加できなくなり、国際大会直前の合流になる。欧米のナショナルチームでは当たり前のことだが、長期間全員で練習しチームを練っていく日本では、「なんで加藤がいないんだ」という声も挙がった。次第に全日本での活躍の機会は減り、04年を最後に、招集されることはなくなった。

 イタリアからギリシャ、フランス、再びイタリアへと渡った加藤は、05年にVプレミアリーグのJTで国内に復帰した。この時は、以前のような高さや爆発力ではなく、巧さを武器とする選手になっていた。そして09年、2部リーグにあたるVチャレンジリーグのつくばユナイテッドへ移籍した。

 大学の恩師である都澤凡夫理事長が立ち上げたクラブチームだ。「経営が苦しい中、自分が活躍して、チームに少しでも日が当たるようになれば、都澤先生への恩返しになるのではないか」と思ったことが移籍の大きな理由だった。世界では主流のクラブチームが、日本にももっと浸透してほしいという思いもあった。

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著者プロフィール

大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社にコピーライターとして勤務したのち、フリーのライターに。野球、バレーボールを中心に取材を続ける。『Number』(文藝春秋)、『月刊バレーボール』(日本文化出版)、『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)、『バボちゃんネット』などに執筆。著書に『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』(東邦出版)。

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