完全無欠ではなかったバイエルン。それでも「最後に勝つ」のは、やはり……
13.5キロを走ったフラミニ(右)の奮闘もむなしく、バイエルンは終了間際にも加点しベスト8進出に王手をかけた 【Bongarts/Getty Images】
「サッカーの試合はシンプルだ。22人が90分間ボールを追い回し、そして最後にドイツが勝つ」
ドイツサッカーの没落とともに、もはやこれは過去の遺産になっていた。だが今季、この“リネカーの亡霊”が復活しつつあるような気がしてならない。『ドイツ』という箇所を、『ペップ率いるバイエルン』と置き換えることによって――。
序盤15分、アーセナルに押し込まれた理由
とはいえ、バイエルンが完全無欠のヒーローだったわけではない。
ペップが「最初の15分間はネガティブだった」と振り返ったように、立ち上がりはアーセナルのペースだった。猛攻にさらされ、バイエルンは自陣に押し込められてしまう。
押し込まれたのには、2つの要因があった。
1つ目はアーセナルのビルドアップ能力の高さだ。
ペップは就任から一貫して高い位置からのプレッシングに取り組んでおり、すぐに奪い返すことが哲学になっている。
だが、アーセナルはエジル、ウィルシャー、カソルラと技術力のある選手を中盤にそろえており、バイエルンのプレスに真っ向勝負を挑んできた。
前半7分、アーセナルがPKを獲得する直前のプレーが象徴的だった。ギブスからのパスを受けたウィルシャーが、ハビ・マルティネスからのプレスを反転でかわし、ジェローム・ボアテングの背後に走り込んだエジルにスルーパス。慌てたボアテングがエジルを倒し、PKを与えてしまった。
結局エジルの真ん中に蹴ったPKを、ノイアーが右手で弾き出して失点は間逃れたが、プレスを簡単にかわされたことで混乱に陥った。
2つ目は、左サイドバック(SB)のアラバにロングボールを放り込まれたことだ。
アラバは身長が180センチあるものの、ヘディングは強くない。アーセナルはゴールキックになると、右SBのサーニャが高い位置を取り、アラバとマッチアップした。
この作戦が的中して、何度もチャンスが生まれる。例えば前半7分、サーニャがGKシュチェスニーのロングキックをヘディングでそらし、そのこぼれを拾ったカソルラがドリブルでペナルティーエリアに侵入し、惜しいシュートを放った。
ベンゲル監督が「質の高いゲームをし、立ち上がりにビッグチャンスがあった」と分析したのは、決して負け惜しみではない。かつてオランダの名将ヒディンクは、勝利の秘訣(ひけつ)を「相手がいつもやってない状態に置く」と明かしたことがある。ベンゲルは勇気を持ってバイエルンを自陣に押し込み、彼らにとって慣れない状態に追い込んだ。
互いの転換点となった2つのPK
印象深いシーンがあった。
前半12分、チアゴ・アルカンタラが自陣でボールを持ったときのことだ。立ち上がりはアーセナルの選手たちがアグレッシブに奪いにきたが、このときは足が止まっていた。チアゴは相手の心理を探るかのように、ボールをさらしながら、ゆっくりとドリブルで前に出て行った。それでもアーセナルはボールウォッチャーのままだ。
ここからバイエルンのパス回しが「平常心」を取り戻す。クリアに追い込まれていたダンテやボアテングが、冷静に周りを見てビルドアップするようになった。
「いつもの形」になったら、ペップのチームは手がつけられない。
今度はアーセナルが押し込まれ、バイエルンの猛攻にさらされる。前半38分、クロースのループパスに抜け出したロッベンがGKシュチェスニーに倒され、バイエルンがPKを獲得した。アラバのキックはポストにはじかれて得点にこそならなかったが、GKが退場になったことで、バイエルンはさらに優位に立った。