日本テニス躍進を支える「早熟と晩成」=ひと味違う全豪オープンの楽しみ方

坂井利彰

10代で世界と渡り合ってきた早熟型の錦織は“特別な才能”の持ち主。今季はトップ10入りを視野に入れて臨む 【Getty Images】

 2014シーズン最初のグランドスラム、全豪オープンが1月13日に開幕する。日本男子は錦織圭(日清食品)、添田豪(空旅ドットコム)が参戦。女子ではクルム伊達公子(エステティックTBC)のほかに、森田あゆみ(キヤノン)、奈良くるみ(大阪産業大)、土居美咲(ミキハウス)が本戦から登場する。世界トップの舞台で日本勢はどこまで戦えるのか。元プロテニス選手で現在、日本プロテニス協会理事、慶應義塾大学庭球部監督を務める坂井利彰氏に、全豪オープンの展望、日本勢活躍の可能性について、語ってもらった。

トップ選手がレジェンドに教えを請う理由

 今シーズンの注目は、なんと言っても錦織選手の「トップ10入り」への挑戦です。長らく続いていたロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ノバック・ジョコビッチ(セルビア)、アンディ・マレー(英国)の4強時代からの脱却、後に続く世代の活躍は、日本人だけでなく、世界中のテニスファンが期待しているところです。未知の領域に挑み続ける錦織選手は、着々と準備を進めています。昨年末には、ピート・サンプラス、アンドレ・アガシ、ジム・クーリエ(いずれも米国)らと1990年代のテニス界を引っ張り、17歳で全仏オープンを制したマイケル・チャン氏(米国)とコーチ契約を交わし、トップ10の壁を突破するためのディテールを学ぼうとしています。

 チャン氏の身長は178センチの錦織選手よりもさらに低い175センチ。同じアジア系のチャン氏がなぜ世界ランキング2位という高みにまで到達できたのか? 昨年、錦織選手のコーチに就任する直前のチャン氏と会食する機会に恵まれました。その際にチャン氏は「神の思し召し」という言葉を使って、才能とそれを伸ばす環境がなければ、世界のトップ10の壁は破れないと話していました。同時に世界のトップ10は、ほんのわずかなところで勝敗が分かれるとも言っていました。

 マレーがイワン・レンドル(旧チェコスロバキア)に師事しているのは有名ですが、昨年末にジョコビッチがボリス・ベッカー(ドイツ)に、フェデラーがステファン・エドバーグ(スウェーデン)に相次いでコーチ要請をしました。現役のトップ選手たちがレジェンドに学ぶ動きが起きているのも、わずかな違いを同じレベルで理解できるコーチにアドバイスを受けたいという、ディテールの大切さを象徴する出来事なのかもしれません。

 錦織選手がチャン氏に学ぶ効果は技術面だけでなく、精神面にもはっきりと表れてくるでしょう。今季初戦となったブリスベン国際でも2年連続の4強進出と、早速その成果が出ているようです。

早熟の錦織、晩成の添田と伊藤

20代になって急成長を遂げた添田は典型的な晩成型。錦織に次ぐ存在として、日本テニス界をけん引する 【Getty Images】

 松岡修造さんのウィンブルドン・ベスト8以来、長らく注目されることのなかった日本の男子テニス界に、新たな風を吹き込でいる錦織選手は、10代前半からその才能を認められ、世界と渡り合ってきた“特別な才能”の持ち主です。その才能は米国のIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーでさらに磨かれていきました。ジュニアトップ選手からプロツアー参戦、世界のトップ選手たちのヒッティングパートナーを務め、一流のトレーニングを積む。誰もが順調に歩めるわけではありませんが、錦織選手は少なくとも渡米した13歳のときに「世界へのチケット」を手にしていたわけです。世界最大のスポーツエージェントであるIMGのその後の力の入れようを見ても、錦織選手の才能が「世界レベルで特別」であることは明らかです。

 錦織選手のような世界トップ10入りを目指す早熟・天才型の選手は、次から次に輩出できるような選手ではなく、生まれてくるものだと言わざるを得ません。しかし、錦織選手のような早熟の成長曲線でなくても、世界のトップに肉薄する日本人選手たちが出てきています。その代表例が全豪オープンでも活躍が期待される添田豪選手と、今大会は予選からのチャレンジとなった伊藤竜馬選手です(伊藤選手は残念ながら予選敗退)。

 この2人はいずれも松岡さん以降、錦織選手以外は開くことのできなかったトップ100の重い扉を、20歳を過ぎて開いた「晩成型」の選手たちです。こうした晩成型の選手たちは、恵まれた環境を若くして手にできる早熟型の選手たちとは違い、過酷な道を自力で歩んできた選手たちです。ポイントを積み重ねるために、観光ではまず訪れないような地域で開催されるトーナメントツアーに足を運び、同時にコーチやレベルの高い練習パートナーやコネクションを自分で探し、レベルアップに努める。トップ選手が求めるディテールの細かさとはまた別の細かさが彼らに求められます。中でもどの大会に出場するか、どのトーナメントでポイントを稼ぐかという戦略的スケジューリングは彼らに不可欠なものです。

 添田選手は今季の初戦にインドのチェンナイ・オープンを選び、伊藤選手は全豪オープンが行われるオーストラリアでブリスベン国際を戦いました。ともに本戦出場はなりませんでしたが、こうしたチョイスにそれぞれの考えが色濃く反映されるのが晩成型の特徴です。

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著者プロフィール

慶應義塾大学専任講師。1974年生まれ、慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科後期博士課程修了。高校時代はU18日本代表、高校日本代表に選出。大学時代は全日本学生シングルス優勝、ユニバーシアード日本代表、ナショナルチームメンバーに選出。プロ転向後は世界ツアーを転戦し、全豪オープンシングルス出場。世界ランキング最高468位、日本ランキング最高7位(ともにシングルス)。引退後は慶應義塾大学庭球部監督に就任。ATP(世界男子プロテニス協会)公認プロフェッショナルコース修了、ATP公認プロフェッショナルコーチ、日本テニス協会公認S級エリートコーチ、日本プロテニス協会理事を務める

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