譬えならではスプリンター語りたまはず=乗峯栄一の「競馬巴投げ!第57回」

乗峯栄一

ガリバルディって誰?

[写真1]スプリンターズSの主役はやはりこの馬、ロードカナロアだ 【写真:乗峯栄一】

 先月、栗東・藤原英昭厩舎のガリバルディという馬が新潟でデビューした。マルカシェンクやザレマを出した名牝シェンクの子供であり、父親はいまをときめくディープインパクトだから、新馬戦でも当然のごとく1番人気だったが、関東馬の強襲にあって惜しい2着となる。

 もちろんPOG戦線でも人気の新馬で、うちのグループでも上位指名された。
「ガリバルディ? ガリバルディって“♪ガリバルディや、いま如何(いかん)”の、あのガリバルディか?」
「何ですか、それ? とにかくシェンクの2011でいいですね? 次行きましょう」などと司会者が言う。

「ちょっと待て。♪ああ我ダンテの奇才なくバイロン・ハイネの熱なきも、ガリバルディやいま如何……」などとぼくは歌い続けるが「うるさいです! 静かにしてください」と怒られた。これが40年前なら「POG会議なんか後回しだ、とりあえず、ガリバルディへの賛美が先だ」となり、しばらく全員で腕を振り、与謝野鉄幹の「人を恋うる歌」を「♪妻をめとらば」から知っている限りの唱和となる。

 確かに当時から歌いながら「ガリバルディって誰?」と思っていた。しかしとにかく「バイロンやハイネのような情熱がなくても、そういう情熱のない人間でさえ“いまどうしてるの?”と心配されるぐらいの人間なんだから、ガリバルディは。それ相当の人物に違いない」などと納得していた。
 しかし「妻をめとらば」の歌がすたれ、それと共に「ガリバルディ」のイメージも消え、ただ「何じゃ、この馬名は。ガリバルディって何のことやねん」という違和感だけが残り、「ま、とにかく走りゃええわ」ということになる。

イエスは「空を飛ぶ鳥を見なさい」と言う

[写真2]カナロアに秋緒戦で土をつけたハクサンムーンも当然有力 【写真:乗峯栄一】

 ――譬え(たとえ)ならでは何事も語りたまはず。

 イスラエルの地を布教して回るイエス・キリストのことを、付き添う弟子たちはそう評した。たとえば「貧しくて、食べ物はないし、ボロ布しか着れないし、体ぢゅうに虫が来るし、いったいどうなってるんですか、この社会は?」と聞かれたとしても、イエスは「この社会というのはね」と池上彰のように、黒板出してきて解説することはない。

「空を飛ぶ鳥を見なさい」と言う。「種も播かないし、刈り取りもしないし、収穫を倉に収めることもないでしょう?」と言う。「はあ?」と言うと、「分からないの? しょうがないなあ。じゃあ、野に咲くユリを見なさい。着物も着ないし、糸さえ紡がないでしょ? でも栄華を極めたソロモン王ですら、ユリに憧れたでしょう?」「は? は? は?」と疑問視連発しても、「つまりあなたたちは塩なのよ。もし塩がバカになったらどうやって塩気取り戻す? この塩たちが、ほんとに」と吐き捨てるだけだ。
 結局弟子たちは「は? は? は?」と疑問詞連発のまま、ついて行くしかなかったと、そういうことだ。

 つまり聞き手との間にほんの若干なりともつながりがあれば、譬えは成り立つということである。たとえば誰かが「このガリバルディ野郎が!」と言ったとして、「え? “ガリバルディ野郎”って何? 誉められてんの? けなされてんの?」と首をかしげる。しかしほんのちょっとでもガリバルディと糸がつながっていて「何となく誉められてるような」という雰囲気が感じられれば譬えは成り立つと、つまりそういうことだ。

02年JC、2着サラファン陣営が謎の抗議

[写真3]打倒カナロアだけに集中してきたドリームバレンチノに栄冠が移ると見た 【写真:乗峯栄一】

 02年のジャパンCはデットーリ騎乗ファルブラヴが抜け出たところを、アメリカ馬サラファンが猛烈に追い込んだ。写真判定の結果、ファルブラヴのハナ差勝利で確定しかかったが、そのときサラファン陣営から異議申し立てが出た。異例の長時間審議となったのはそのサラファン陣営の申請が強硬だったからだと一般に言われている。でも事実はちょっと違う(ような気がする)。もちろん単なる個人的推測でしかないが。
 彼らが何を言っているかがよく分からなかったのだ。

 Bob Hayes has died! Bob Hayes has died!

 サラファン関係者はそう執拗に言う。「誰かが死んだ」と言っているのは分かる。でも彼らの言う「ボブ・ヘイズ」って誰だ? 何で、このレース裁決の場にその人間の死を持ち出さなきゃいけないんだ? とにかく色んな「?マーク」が頭に浮かんで現場が混乱した。抗議の最中、ボブ・ヘイズってあれか?と突然JRA関係の年長者の頭にひらめくものがあった。東京五輪陸上100メートル優勝者であり、アメフト、ダラス・カウボーイズの選手としても活躍したボブ・ヘイズが、その02年の秋、50代の若さで死んだのだ。

 でも何でこの場でボブ・ヘイズなんだ? 東京オリンピックでのアメリカの活躍を考えろとでも言うのか? なんで今さらそんな古い話を?
「説明してくれ」というJRA側の要請に、サラファン陣営もようやく口を開いた(んじゃないかと思う)。
「ボブ・ヘイズは1964年東京オリンピックで10秒0の世界タイ記録で優勝し、最速男誕生、前途洋々と報道された。しかし次のメキシコオリンピックを前にプロ・フットボールに転向し、そりゃヘイズ、脚は早いがボールには慣れてない。“ダラス・カウボーイズのぽろり男”とあだ名されて引退、零落、酒におぼれ、失意のうちに死んだ。オリンピック100メートル金メダルの男がだぞ」と彼らはなおも叫ぶ。

 分からん。なんでそんなことを今さら言う必要があるんだ?

1/2ページ

著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント