譬えならではスプリンター語りたまはず=乗峯栄一の「競馬巴投げ!第57回」

乗峯栄一

世界に向かうには円谷幸吉しかない

[写真4]若武者・松山弘平もそろそろGIタイトルを取っていい 【写真:乗峯栄一】

 われわれ日本の競馬人間は、このことを肝に銘じておく必要がある。「オ・モ・テ・ナ・シ」だけでいい気になっていてはいけない。世界最高峰、ドバイWCも勝ち、凱旋門賞でも最注目の馬を出す国として、56年ぶりの日本開催2020年東京オリンピックでは、言葉でも文化でも諸外国を圧倒しなければならない。サラファン陣営が日本にちなみ“ボブ・ヘイズ”を持ち出してきたように「譬えならでは語りたまわず」の一端を披瀝しなければいけない。

 来年2月までは「安藤美姫の子供の父親は誰?」「ソチじゃ」「え? 子供の父親がソレガシとは、いかなることにございまするか?」「何でもよい、とにかくソチじゃ」とこの譬えだけで何とかなる。しかしソチ五輪が過ぎたら、もっと深遠な、イエスの“空飛ぶ鳥、野に咲くユリ”に匹敵するような世界の人々の胸に迫る譬えが必要になる。

「円谷幸吉は30年前に死んだ。ボブ・ヘイズも大変だったが、ボブ・ヘイズを持ち出すなら円谷幸吉はどうなる。自刃だ。円谷幸吉は自刃した。ユー・ノウ・ジジン?」
 世界に向かうには円谷幸吉しかないように思う。

「父上様、母上様、干し柿、餅もおいしゅうございました。敏雄兄、姉上様、お寿司おいしゅうございました。克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴおいしゅうございました。巌兄、姉上様、しそめし、南蛮漬けおいしゅうございました。喜久蔵兄、姉上様、ブドウ酒、養命酒おいしゅうございましたって、円谷幸吉にはどれほど兄弟がいて、どれほど食べ物貰っていたのかということだ。父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れきってしまって走れませんって、円谷幸吉は食い過ぎで疲れたのか、飲み過ぎで走れなくなったのかってことや! 分かるか、この円谷幸吉の辛さが? ユー・ノウ?」

「競馬というのは芝の上を走るという宿命がある。ああ思い起こせば1964年東京オリンピック、原爆投下の日に広島で生まれた坂井義則が世界平和の聖火をともし、円谷幸吉が父上様、母上様、昨日いただいた三日とろろおいしゅうございましたと、三日とろろって一体何だ?という世間の疑問をものともせず自刃(じじん)した、あの東京オリンピックだ」

[写真5]グランプリボスには美浦から内田博が追い切りに騎乗 【写真:乗峯栄一】

「ツブラヤ?」「コウキチ?」と諸外国者は顔を見合わせる。

「ボブ・ヘイズの零落、飲酒癖、失意死は、すべて東京・アンツーカからメキシコ・タータントラックへの転換に原因がある。土のトラックが全天候型に変更されることを気にしたのだ。ちょうど、ドバイの競馬場がダートからタペタに変更されたようなものだ。アメリカ・ブリーダーズCがポリトラックで行われるようになったのとも似ている。円谷幸吉の自刃もこれに影響された。“メキシコではタータントラックなのか”と過度に心配した。円谷のマラソンは東京でもメキシコでもアスファルト一般道を走るんだから、競技場のトラックがどう変更されようとほとんど関係ないのにだ。あ、バカだと言うのか? キミたちは。マラソンなのにタータントラックなんか気して円谷はバカだと、キミらはそう言うのか?」

「いや、そんなことは。……で、それはつまりどういう」と、もし諸外国者が聞いてきたら、こう答える。
「つまり? つまりを聞くのか、キミらは?」
「あ、はい」
「“つまりを避けるため一枚一枚ご使用ください”って、うちの便器横の“トイレ・クイックル”にはそう書いてある!」

若武者・松山弘平◎ドリームバレンチノ

[写真6]坂路好時計だったマジンプロスパーも怖い 【写真:乗峯栄一】

 そんなことで、今秋初のGIスプリンターズSだ。

 去年のスプリンターズS、今年の高松宮記念と、短距離敵なしで来たロードカナロア[写真1]が圧倒的1番人気、そのカナロアに秋緒戦で土をつけたハクサンムーン[写真2・今春の高松宮記念週撮影]がそれに次ぐ人気だろうか。

 しかし短距離王者というのは、そう長い期間続くものではない。ボブ・ヘイズがオリンピックからプロ・フットボールに転向したように“飽きてくる”瞬間がある。
 そういうときには“打倒ロード”だけに神経を集中し、執念をもやしてきた者に栄冠が移る。宮記念で苦杯をなめたドリームバレンチノ[写真3]だ。今週の追い切りでも破格の時計を出している。
 個人的にいつも笑顔を見せてくれる若武者・松山弘平[写真4]も、そろそろGIを取っていい。このへん、もちろん個人的応援も入る

 ドリバレ◎。ドリバレ頭固定3連単。ヒモにはロード、ハクサンの2強、関東からウチパクがやってきて意欲的に追い切ったグランプリボス[写真5]、好時計追い切りだったマジンプロスパー[写真6・今春高松宮杯週撮影]、それにフォーエバーマーク、サクラゴスペルの関東の2頭を入れて、計6頭30点で勝負する。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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