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クルム伊達、万全で臨めなかった全米OP

シングルスで初戦敗退

全米オープン、女子シングルスのクルム伊達は初戦で姿を消した
全米オープン、女子シングルスのクルム伊達は初戦で姿を消した【Getty Images】

 クルム伊達公子(エステティックTBC)の今年最後のグランドスラムが終わった。正確には、グランドスラムのシングルスが終わった。現地時間26日に行われた1回戦でパウラ・オルマエチェア(アルゼンチン)にストレート負けしたのだ。クルム伊達は、この全米オープンでダブルスにも混合ダブルスにもエントリーしており、その戦いはこれから始まる。


 混合ダブルスは、今年6月のウィンブルドンで初めて組んだパートナーのデイビッド・マレロ(スペイン)が、その後すぐに誘ってくれたのだという。

「そんなふうに言ってくれる人がいるのはありがたいし、断る理由もない。若いときはシングルスで2週目に残ることが前提だったので、ダブルスのことまでは考えられませんでしたが、幸いというか(笑)、今はこうして3つ戦える。ダブルスでもグランドスラムの2週目の雰囲気の中に残ることができたらと思います」


 衰えない気力、好奇心、挑戦意欲。もうすぐ43歳を迎える現役選手は、ツアーの中では異色の存在だ。 

 何しろ、クルム伊達が全米オープンに初めて出場した1989年にまだ生まれていなかった選手は、今大会の本戦出場者128人の中に48人もいるのだ。3分の1を上回る数である。当時のクルム伊達は19歳になる前だったが、さらに言うなら、22歳だった93年の全米でグランドスラム初のベスト8進出を果たしたときですら、まだ生まれていなかった選手が13人いる。

 そのとき1歳になっていなかったオルマエチェアが、今回のクルム伊達の1回戦の相手だった。結果は3−6、6(7)−7(9)。第2セットは4−2と途中までリードしていたが、最終セットに持ち込むことができなかった。

鍵はフィジカルコンディション

 逆転のチャンスがあっただけに悔やまれるが、敗因は明確だ。

 充実したウィンブルドンを終え、「今度はハードコートでセリーナ(・ウィリアムズ=米国)とやってみたい」と積極的な言葉も発したが、そのハードコートシーズンは、バンクーバーのITF10万ドルの大会(7月)でベスト8に終わり、シンシナティのWTA大会(8月)は予選2回戦で敗れた。アキレスけんの痛みが出たのはその頃で、「本格的に調整をしたいときにそれができなかった」と振り返る。


「コートに立てるかどうかも分からない状態だったので、相手のことを考える余裕もなく、しっかりテニスに集中することができなかった」

 相手のテニスを研究し、持ち味を封じる戦術を貫くのがクルム伊達の強さであることを考えれば、大きなダメージだったに違いない。


 全豪3回戦、全仏1回戦、ウィンブルドン3回戦、全米1回戦。これがクルム伊達の今季のグランドスラムの成績だ。復帰後、グランドスラムに再デビューした09年の全豪オープン以降、昨年の全米オープンまで一度も果たせなかった3回戦進出を年に2度も果たしたのだから、総合的には今季のグランドスラムは合格点だったのではないだろうか。


 3回戦進出と1回戦敗退。結果を左右したキーワードは“フィジカルコンディション”である。毎年、クレーシーズンで無理をしてケガを招いていたクルム伊達。その反省から、今年は得意の芝に万全の体調で臨めるようにクレーシーズンをほとんどスキップした。全仏オープン前に出場したクレー大会は、ダブルスでの1大会のみ。そしてウィンブルドンで1、2回戦を勝ち、女王セリーナと初めて対戦するというドラマを作った。全豪オープンも、前年からのトレーニング改革が実を結び、「久々に体のどこも痛くない状態」で臨むことができた。

山口奈緒美

1969年、和歌山県生まれ。ベースボール・マガジン社『テニスマガジン』編集部を経てフリーランスに。1999年より全グランドスラムの取材を敢行し、スポーツ系雑誌やウェブサイトに大会レポートやコラムを執筆。大阪在住。

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