今もなおNYから愛され続ける松井秀喜=世界の首都が再び喝采を送るその日まで

杉浦大介

米国で大きく取り上げられなかった国民栄誉賞

長嶋茂雄氏とともに国民栄誉賞を受賞した松井(写真中央)。ニューヨークでの報道は少なかったが、ヤンキースのジラルディ監督をはじめ、松井の栄誉をたたえる言葉は少なくなかった 【写真は共同】

 長嶋茂雄氏とともに松井秀喜が国民栄誉賞受賞を果たしたニュースは、アメリカ、ニューヨークでは大きく取り上げられたわけではない。
 現地時間5月4日、AP通信から流れて来た授賞式の記事をESPNニューヨークが流したが、それほど話題にはならなかった。筆者の知る限り、テレビのトークショーなどでも語られていない。元・地元のヒーローとはいえ、引退した外国人選手の陰がやや薄くなるのは当然。加えてアメリカには国民栄誉賞に等しい賞がないだけに、どう解釈して良いか困った面もあったのだろう。

 英訳すると、「People’s Honor Award」。ヤンキース自前のテレビ局であるYesネットワークのウェブは「イギリスにおいて騎士の身分を与えられることに近い」と伝えていたが、いずれにしてもその価値判断は難しかったに違いない。
 もっとも、だからと言って、現役時代に7年間を過ごしたニューヨークの街で松井がすでに忘れられてしまったというわけではない。
「そのニュースは知らなかったけど、秀喜におめでとうと言いたい。ヤンキースが松井秀喜をどう捉えているかはみんな理解しているはずだ。素晴らしい男だし、素晴らしい選手で、ニューヨーク・ヤンキースに在籍中は多くの貢献を果たしてくれた。ヤンキースを代表する存在であり続けてくれた彼をたたえたい。彼はその賞を受け取るに値するよ」
 ヤンキース開幕戦の際、松井の国民栄誉賞受賞を知らされたジョー・ジラルディ監督はそう答えていた。チームの他の人間からコメントが出て来ることはなかったが、チャンスがあれば誰もが似たような言葉を残していただろう。

伝えられる「ヤンキース1日契約」の計画

松井の2009年ワールドシリーズの活躍はいまだにニューヨーカーの心に強く残っている 【写真は共同】

 国民栄誉賞とはもちろんスケールが違って来るが、現役引退の翌年にあたる今季、ヤンキースは彼らなりの形で松井の労をねぎらう機会を設けようとしている。
 チームは今年からファンに首振り人形を配布する3年計画のキャンペーンをスタートさせるが、初年度のロースターに松井も含まれた。現地時間7月8日のロイヤルズ戦でデレク・ジーター、7月28日のレイズ戦で松井、8月30日のオリオールズ戦ではヨギ・ベラ、9月24日のレイズ戦ではマリアノ・リベラの首振り人形が先着18,000人のファンにプレゼントされる。
 ジーターは言わずと知れたニューヨークの顔であり、リベラは今季限りで引退を表明した不世出のクローザー、そしてベラはユーモラスな言動も親しまれた殿堂入り名捕手。MLBファンには説明不要のこのメンバーの中に松井が含まれたというのは、正直驚きですらあった。

 さらに、日本でもすでに報道された通り、ニューヨークポスト紙は“ヤンキースが松井との1日契約を計画している”と伝えている。この話がまとまれば、松井は1日限定で現役復帰し、ピンストライプのユニホームで引退できる。
 昨年中にはフィリーズの一員として9年で251本塁打を放ったパット・バレル、3年前にはレッドソックスに9年在籍して2度の首位打者に輝いたノマー・ガルシアパーラが古巣と1日契約した例がある。キャリア晩年に移籍の道を歩もうとも、在籍中にフランチャイズで大きな貢献を果たしたと認められたものに与えられるこの特権。それをヤンキースが松井に授与するとなれば、大げさではなく大変な名誉だと言っていい。
 私たち日本メディアはとかく日本選手の活躍や功績をオーバーに捉えがちだが、以前も指摘した通り、盛んに伝えられている松井のニューヨークでの人気は誇張ではない。本当に実現するかは定かではないとはいえ、今回の1日契約が話題になったことでその敬意は再び証明されたと言えよう。引退セレモニーや、あるいはオールドタイマーズデー(OB戦)に松井が参加となれば、感動的なほどの大喝采を浴びることになるだろう。

ゴジラ物語は最高のエピローグへ

「私は王さんのようにホームランで、衣笠さんのように連続試合出場で何か世界記録を作れたわけではありません。長嶋監督の現役時代のように日本中のファンの方々を熱狂させるほどのプレーをできたわけではありません。僕が誇れることは日米の素晴らしいチームでプレーし、素晴らしい指導者の方々、チームメート、そして素晴らしいファンに恵まれたことです」

 国民栄誉賞受賞式でのそんなスピーチを聴けば、ニューヨークのファンも「松井は松井のままだ」と微笑むのではないだろうか。
 ヤンキースでの7年で残した打率2割9分2厘、140本塁打、597打点という数字は上質ではあるが、度肝を抜かれる成績ではない。それよりも、その真摯な人柄と、2009年ワールドシリーズでの大爆発によって、“ゴジラ”はマンハッタンに強烈な印象を残していった。
 故障を負った後に、公に謝罪文を残して地元ファンやメディアを驚かせたこともあった。山あり谷ありのメジャーキャリアの中で、ケガをも乗り越え、契約最終年のワールドシリーズでMVPを獲得したストーリーは、まるで出来過ぎのハリウッド映画のようですらあった。
 そんな松井が、恩師とともに日本で究極の形で表彰されたことを知れば、アメリカで彼に関わったものたちもきっと喜ぶはず。そして、その後にヤンキースタジアムでも別の形の幕引きが行なわれるとなれば、物語のエンドロールに最高のエピローグが加わることにもなる。

 暑い夏を迎える頃、再び“世界の首都”で――。かつて松井に声援を送ったニューヨーカーが、彼をもう一度祝福する機会を得る日を今から楽しみに待ちたいところである。

<了>
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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