追い切り日撮影の悲哀、ホエールは栗東で生き返る=乗峯栄一の「競馬巴投げ!」
武豊が不意に「またジャパンカップ、お願いしますね」
「ぼくら、ちょっと坂路角馬場(調整馬場)に行ってきますんで。また戻ってきますけど」と、どこか別の所に行くときでも知らせてくれる。しかし10分ほどは一人でいないといけない。彼らが角馬場に行くということは有力馬はしばらく上がって来ないということだろうが、ただ来週のマイルCSに出る馬や、ジャパカップに出る馬は上がってくるかもしれない。とにかく“クサい馬”は全部撮っておこうと身構える。
そのとき、目の前をブルーと白のよく見るジャンパーを着た細身の騎手が通る。武豊ではないか。「おはようございます」と咄嗟に小声で挨拶する。ほんとは「ブリーダーズカップ・ターフのトレイルブレイザー、いい走りでしたよねえ、勝ったかと思いましたよ」などと、そういう物知りげ、親しげなことを言わないといけないのだろうが、必ず武豊とすれ違うと決まったものでもないし、そんな、準備したようなコメントを言える訳がない。
「あ、そうだ、ブリーダーズカップのこと、……でも何と言えば」などと頭の中でモゾモゾ言っていると、武豊が不意にこっちを見てニッコリした。
「またジャパンカップ、お願いしますね」と言う。
「え? 何? 誰?」と思わず後ろを見た。誰か、後ろの人間に言っているのかと思った。でも後ろは壁だ。え? 何?
キミら、武豊からお願いされたことある?
何度か首を傾げているうち自分の服に気づく。当日、橋口調教師から貰った一昨年JCローズキングダム優勝記念ジャンパーを着ていた。「ああ、これか」と騎手が通り過ぎてから気づく。
まあ、であるにしてもだ、不肖乗峯、あの武豊から「お願いします」と頼まれた男であることに変わりない。それも「また」という接頭辞付きだ。知らないところで、オレは何度も武豊を世話しているかもしれない男なのだ。キミら、武豊からお願いされたことある?
調教スタンドに降りて、この日、共同記者会見担当の毎日放送・美藤アナらに報告すると「また、それ、嬉しそうに書くんやろな」と憎たらしい事を言う。そんな、武豊にお願いされたからって、そんなこと、一々、嬉しそうに書く訳がないじゃないか、ほんとに。