追い切り日撮影の悲哀、ホエールは栗東で生き返る=乗峯栄一の「競馬巴投げ!」

乗峯栄一

武豊が不意に「またジャパンカップ、お願いしますね」

[写真3]府中牝馬Sが良かったスマートシルエット、前評判は今一つだが怖い1頭 【写真:乗峯栄一】

 今週もそんな感じで写真を撮っていた。馬場開場の午前7時ちょっと過ぎに上がると「マイネジャンヌはさっき終わりましたけど、ほかの有力どころはほとんどこれからですよ」と教えてくれる。
「ぼくら、ちょっと坂路角馬場(調整馬場)に行ってきますんで。また戻ってきますけど」と、どこか別の所に行くときでも知らせてくれる。しかし10分ほどは一人でいないといけない。彼らが角馬場に行くということは有力馬はしばらく上がって来ないということだろうが、ただ来週のマイルCSに出る馬や、ジャパカップに出る馬は上がってくるかもしれない。とにかく“クサい馬”は全部撮っておこうと身構える。

 そのとき、目の前をブルーと白のよく見るジャンパーを着た細身の騎手が通る。武豊ではないか。「おはようございます」と咄嗟に小声で挨拶する。ほんとは「ブリーダーズカップ・ターフのトレイルブレイザー、いい走りでしたよねえ、勝ったかと思いましたよ」などと、そういう物知りげ、親しげなことを言わないといけないのだろうが、必ず武豊とすれ違うと決まったものでもないし、そんな、準備したようなコメントを言える訳がない。
「あ、そうだ、ブリーダーズカップのこと、……でも何と言えば」などと頭の中でモゾモゾ言っていると、武豊が不意にこっちを見てニッコリした。
「またジャパンカップ、お願いしますね」と言う。
「え? 何? 誰?」と思わず後ろを見た。誰か、後ろの人間に言っているのかと思った。でも後ろは壁だ。え? 何?

キミら、武豊からお願いされたことある?

「また」ということは前があったということだろう。別に馬の手入れを手伝ってる訳でもないし、あの武豊に「またお願いします」と言われるようなことを、オレ、何かした?


 何度か首を傾げているうち自分の服に気づく。当日、橋口調教師から貰った一昨年JCローズキングダム優勝記念ジャンパーを着ていた。「ああ、これか」と騎手が通り過ぎてから気づく。
 まあ、であるにしてもだ、不肖乗峯、あの武豊から「お願いします」と頼まれた男であることに変わりない。それも「また」という接頭辞付きだ。知らないところで、オレは何度も武豊を世話しているかもしれない男なのだ。キミら、武豊からお願いされたことある?

 調教スタンドに降りて、この日、共同記者会見担当の毎日放送・美藤アナらに報告すると「また、それ、嬉しそうに書くんやろな」と憎たらしい事を言う。そんな、武豊にお願いされたからって、そんなこと、一々、嬉しそうに書く訳がないじゃないか、ほんとに。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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