12億円の債務超過を背負った男=J2漫遊記 第9回・大分トリニータ

宇都宮徹壱

「バトルオブ九州」を制し、自動昇格に望みをつないだ大分

ゴール裏を埋め尽くす大分サポーター。福岡との「バトルオブ九州」を制して大いに盛り上がった 【宇都宮徹壱】

 動きが硬かったのは、ホームチームの方だった。

 10月28日、大分銀行ドームで行われたJ2リーグ第40節、大分トリニータ対アビスパ福岡の「バトルオブ九州」は、後半の20分が過ぎても両者スコアレスの均衡が続いていた。全体的にゲームを支配していたのは、ホームの大分。4位(大分)と18位(福岡)という現時点での順位は、そのままピッチ上での力関係に表れていたものの、さりとて大分のプレーから相手を圧倒するような勢いは感じられない。スタメンの平均年齢が25.6歳という若いチームなのに、伸びやかさを封印した慎重さばかりが目につく。

 よくよく考えてみれば、無理もない話なのかもしれない。J2は今節を含めて残り3試合。大分は、数字上は無条件昇格となる2位の可能性を残しているものの、もしも連敗を喫してしまえばプレーオフ進出も危うくなる。ホームとはいえ、必要以上に慎重な試合運びを選択せざるを得ないのも、ある意味当然と言えよう。もっとも大分の場合、J2上位陣の中でも「J1昇格」の重みは、いささか状況が異なることは留意すべきである。

「ほかのチームにはないプレッシャーが、うちのチームにはかかっている」

 そう語るのは、大分FCの代表取締役社長、青野浩志である。大分県庁から出向して3年目。先月12日には、09年の経営危機の際にJリーグから「公式試合安定開催基金」として融資された総額6億円のうち、未返済分の3億円を完済したことが発表された。これにより、あとは成績面さえクリアすれば、大分は4シーズンぶりにJ1に復帰することができる。だが青野によれば「3億円が集まってメディアで取り上げられると、今まで以上に選手にはプレッシャーがかかるようになって、積極性というか伸びやかさがなくなってしまいましたね」と苦笑する。何とも皮肉な話である。

 この試合唯一のゴールが生まれたのは、後半22分であった。アンカーの宮沢正史のパスを左サイドで受けたチェ・ジョンハンが、ドリブルを挟んで中央にクロス。これにFW森島康仁は左足ボレーで反応する。弾道は見事に福岡のゴールネットに突き刺さり、これが決勝点となった。7試合ぶりとなる完封勝利で勝ち点3を積み重ねた大分は、暫定的に3位に浮上。その3時間後、湘南ベルマーレがアウエーでカターレ富山に勝利したため、元の4位に落ち着いた。それでも自動昇格の可能性に望みをつなげたという意味で、この「バトルオブ九州」勝利の価値は計り知れない。

「最もかわいそうな県職員」と呼ばれて

大分の青野浩志社長。10年に溝畑宏前社長からクラブと12億円の債務超過を引き継いだ 【宇都宮徹壱】

 昇格争いが混沌(こんとん)を極める今季のJ2。ヴァンフォーレ甲府が早々に優勝を決め、残り1つとなった自動昇格枠をめぐる戦いを、どういう視点から取材すべきか……。実のところ、さほど悩むことなく「大分」という結論に至った。理由は前述したとおり、大分にとってのJ1昇格は、ほかのクラブ以上に重みがあるからである。

 ここ2シーズンは2ケタ順位が続き(10年15位、11年12位)、J2に降格した10年1月末の時点で11億6700万円の債務超過があることが判明した大分。それが3年目の今季、Jリーグからの借金を完済し、さらには昇格争いに名乗りを挙げるまでに至ったのはなぜか。ピッチの内と外、それぞれのキーマンにフォーカスすることで、今季の大分躍進の背景を探ってみようと考えた次第。今回はピッチの外、すなわち経営面で貢献した社長の青野が主人公である。

「08年といえば(大分が)ナビスコカップで優勝した年として記憶されていますが、実はそのころから『このままいけば、2回目の経営危機は間違いなく起こる』という想いはありました。溝畑さん(宏=前社長)の下に、財務面をしっかり見られる参謀を置かないといけない。そして09年の段階で、いよいよ厳しいということになったので、知事(広瀬勝貞)から『ほかに(社長の)なり手がいないから、お前行ってこい』となりました」

 この青野の回想には若干の補足説明が必要だろう。大分が経営危機に陥ったのは、実は09年が2度目であった。1度目は05年のことで、債務超過が3億4400万円。この時は紆余曲折(うよきょくせつ)あったものの、県の融資とパチンコホール最大手のマルハンが6年分のシーズンチケットを購入することで、何とか首がつながった。

 ところが第2の経営危機は、前回の3倍以上もの債務超過が判明。Jリーグから6億円の融資を受ける条件として、溝畑前社長は放漫経営の責任をとって辞任(事実上の解任)。後任探しは難航した末に、県から出向していた青野に白羽の矢が立つこととなった。もっとも、県の文化スポーツ振興課時代からトリニータと関わりがあったとはいえ、プロスポーツクラブの経営はまったくの未知の領域。この人事に首を傾げる向きは少なくなかったが、最も戸惑ったのは青野自身だろう。「就任した年の債務超過が12億もありましたからね。当時は『最もかわいそうな県職員』と呼ばれましたよ」と当人も苦笑いする。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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