12億円の債務超過を背負った男=J2漫遊記 第9回・大分トリニータ

宇都宮徹壱

「1年前倒し」から生まれたJ1昇格支援金

11年に田坂和昭を新監督に迎えた大分は、当初「2〜3年で上位争い」を目指していた 【宇都宮徹壱】

 J2に降格して最初のシーズンとなった10年、大分は「RESTART(リスタート)」というチームスローガンを掲げている。多くの主力選手を放出し、監督には前副社長のファンボ・カンが就任。結果は、10勝11分け15敗の19チーム中15位という惨憺(さんたん)たる成績に終わった。もっとも青野によれば、この悪夢のようなシーズンは、その後のチーム改革のために必要な「過渡期」であったと回想する。

「その年の1月に社長に就任して、なだれ込むようにしてシーズンに突入しました。お金もなかったし、胸スポンサーもなかった。でも、この1年間の猶予がなければ、その後の改革は難しかったと思います。将来を見据えた改革を行わないと、3度目の経営危機は必ず訪れる。だから実質的なトリニータのリスタートは、11年からだと考えます」

 11年のシーズンを迎えるにあたり、青野はサポーターに向けて「2、3年後にJ2の上位で戦えるチーム作りをしていく」と明言している。そのために、若手育成に定評のある田坂和昭を新監督に迎え、平均年齢22.3歳の若いチームを鍛え上げることとなった。この年の順位は3つ上がって12位。決してほめられた成績ではなかったが、来シーズン以降に期待が持てる戦いぶりであった。そして最終戦のセレモニーで、田坂は「来季は昇格を目指します」と力強く宣言。この時、どれだけのファンがリアリティーを感じていたのかは定かではない。ただし社長の青野は、昨年10月の時点で「12年は勝負の年になる」と覚悟を決めていた。彼の決断を後押ししたのは、翌年から導入されるクラブライセンス制度と、3位から6位までのチームが出場できるJ1昇格プレーオフであった。

「クラブライセンスについては、ある程度準備はしていたけれど、プレーオフは寝耳に水でしたね。10年は1億、11年で2億を(Jリーグに)返しましたが、残り3億を完済しないとプレーオフにも進出できない。『2、3年後に昇格争い』と考えていたのが、これで1年前倒ししないといけなくなったわけです。もし成績が良くてもプレーオフに出られなければ、どうなるか。監督も選手も、魅力のなくなったチームには残らないですよ。スポンサーにしても、上を目指さないようなチームにはお金を出さない。負の連鎖になることは間違いないです。ですから田坂監督には『1年前倒しになって悪いけど、来年が勝負だから一緒に戦ってほしい』と伝えました」

 とはいえクラブの体力を考えれば、3億円はおよそ1年で返せる金額ではなかった。そこで青野は、今年5月22日に「J1昇格支援金」を呼びかける。一口5000円で県民に支援金を呼びかけ、3カ月の間に1億円を集めるというものだ。かなり無謀なプランのようにも思われたが、8月17日には目標額の1億円を突破したという。

「チームも6位という線を保ってくれたし、社員や選手がチラシ配りをしながら県内のいろんなところで頭を下げてくれました。ただ、それ以上に『トリニータが県内で残ってほしい』という県民のみなさんの気持ちが伝わってきましたね。支援金で1億集まらなければ、行政や経済界から1億ずつも出ないと思っていました。この1億円こそ、トリニータ存続を懸けた踏み絵でした。最終的に県民から1億2000万円が集まったことが、大きなうねりとなって経済界に波及して、さらには行政をも動かすことになったんです」

それでもクラブを潰すわけにはいかない!

あとはピッチ上で結果を残すのみ。大分にとってJ1昇格は、他の上位陣よりも重みが違う 【宇都宮徹壱】

 かくして、県民の支援金が1億円、経済界から1億円、行政から1億円、合計3億円が集まり、Jリーグから融資を受けた6億円は完済されることとなった。これで大分は、あとはピッチ上で結果さえ残せば、J1昇格の挑戦権を得られる。この話自体、ある種の「美談」ととらえる人も少なくないだろう。とはいえ、クラブが自力で借金を返せなかったという重い事実は、決して看過すべきではない。大分のサポーターであり、地元の銀行に勤務する友人は、今回の3億円返済について、極めて複雑な心境を吐露している。

「わたしはわりとヘビーなトリサポ(トリニータサポーター)ですから、支援金という手段でも何でも借金返済できて、なおかつ昇格の可能性が生じたこと自体は喜んでいますよ。でも銀行員の立場としては、別の危惧(きぐ)も抱いています。『自分たちは頑張ったけどお金が足りません。県民のみなさま助けてください』と、自身の努力不足を棚に上げて、善良な市民・県民にツケを回す日本の行政そのもののやり方。こんなの、はっきり言って企業経営じゃありませんよ。営業力もない、資金繰りもできないクラブの経営体質は、破綻したころと全く変わってない」

「攻めの溝畑」から「守りの青野」に代わっただけで、実はクラブの体質自体は何も変わっていないのではないか。それが、クラブを長年見守り続けてきた友人の厳しい指摘であった。今回の支援金について青野は「今回はあくまで例外的措置。将来二度と実施しません」と断言している。とはいえクラブには、まだ6億円近い債務超過が残っている。これを、クラブライセンスの期限である2年後までに解消しないと、大分はJクラブとしての権利をはく奪されるかもしれない。ゆえに大分がJクラブであり続けるためには、今季のJ1昇格はクラブにとって死活問題となっている。

 行政や県民に依存してきたクラブ体質を正し、J1昇格を果たし、その上で6億円近い債務超過を2年以内に解消する……。とりあえず3億円は返済して自動昇格の望みはつないだものの、大分を取り巻く状況は極めて前途多難であると言わざるを得ない。それでも、かつて「最もかわいそうな県職員」と呼ばれた男は、決して現状に悲観することなく、自らの果たすべきミッションをしっかりと見据えていた。

「いろいろ批判もありましたけど、サポーターや大分県のたくさんの方がここまで育ててきたクラブを今さらなくすわけにもいかないんですよ。県外に進学した若者たちが、いずれ大分に帰ってきた時、仕事や家があればそれでいいという話ではないでしょう。やっぱり、文化やスポーツといったものが必要であり、スポーツで言えばトリニータなんです。12億を引き継いだときには、トンネルに入って真っ暗な状態でした。それでも暗闇の中を歩き続けて、債務超過の半分は解消しましたから、今は少しずつ出口の光が見えてきたような感じです。もちろん(今後の返済は)簡単ではないけれど、でもやるしかない。このミッションを果たしたら、いつか自由席でのんびりトリニータを応援したいですね(笑)」

<文中敬称略、了>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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