3連覇もまだ進化の過程――伊調が目指すレスリングスタイルの確立

増渕由気子

ロンドンでの金メダルは「目標にしていたわけではない」と語るも周囲の笑顔によって伊調も喜びを露わに 【Getty Images】

 ロンドン五輪の女子レスリング63キロ級で伊調馨(ALSOK)が、2004年アテネ、08年北京五輪に続いて、大会3連覇を成し遂げた。男子では柔道60キロ級で野村忠宏が1996年アトランタ五輪から04年アテネ五輪まで3連覇しているが、女子の個人種目では初となる快挙だ。伊調は「すごいことをやったなと思うことはあまりない。これを目標にしてやってきたわけではないので」と記録に固執はしなかったが、「日本女子初の快挙ですよ」と促されると、「そう言われるとうれしいです」と笑顔を見せた。

女王に吹く逆風 3連覇へ向けての試練

 レスリングチームで一番の安定感を誇り、優勝は堅いと言われた伊調。だが、“五輪には魔物がいる”と言われるほど、五輪の舞台は別物。事実、伊調の大会3連覇に向けての風はすべて逆風だった。ロンドン五輪では、伊調のほかにも、競泳平泳ぎの北島康介(日本コカ・コーラ)や陸上棒高跳びのエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が3連覇に挑戦したが、いずれも失敗。あの柔道で国民的ヒロインだった谷亮子でさえ失敗した3連覇は、やはり簡単ではないと思われた。

 その負の要素は伊調自身にもふりかかった。3日にロンドン入りし、4日の初練習で伊調は左足首のじん帯を3本中1本半を切ってしまう。回復が早かったことが不幸中の幸いだったが、「万全(の体調)でやりたかったのはあるし、ロンドンに入ってからのケガだったのでよりによって今かと思った」。結局、ロンドンでの練習でスパーリングは行えず、治療とイメージトレーニングが主な“練習メニュー”となってしまった。

 さらに、試合前日の計量と組み合わせ抽選、初戦で67キロ級世界V3のマーティン・ダグレニアー(カナダ)を引いてしまう。デグレニエは北京五輪で唯一伊調から第1ピリオドを奪い、伊調がもっとも苦戦した相手。コーチ陣や関係者はこぞって「初戦がヤマ場だ」と気を引き締め直した。
 
 スター選手の3連覇失敗、自身の思わぬけが、そして組み合わせの悪さ――。“五輪には魔物が――”。女王に対するすべてに逆風が吹いているようだった。

8月8日の試合、8番、八戸出身で運気向上

 そんな悪い雰囲気を吹き飛ばしたのが、「数字の8」だ。選手村では、同日程だった女子48キロ級の小原日登美(自衛隊)と同室。小原は伊調と同郷で大学の4つ上の先輩で気心知れた間柄なのだが、計量を終えてお互いにドローナンバーが「8」であることが発覚した。「計量で同じ8番を引いて、試合は8月8日、しかも(ともに青森の)八戸出身……(笑)」。末広がりで縁起がいい「8」づくしに「絆も深まった」と振り返る伊調は、負傷していると思えない試合運びで、初戦のダグレニアー戦を制すと、安定した試合運びで決勝までコマを進めた。

 決勝は48キロ級から行われ、小原が大接戦をものにして金メダルを獲得。壮絶な戦いだったため、会場は日の丸と日本コールで埋め尽くされ、伊調に追い風となるホームの雰囲気ができあがっていた。その様子を伊調は、アップ会場のビデオでチェック。「日登美先輩が日の丸を掲げているのを見て、気合が入った。もしかしたら、日本人の当たりがキツくなるかなと思ったけど、それを覆すぐらいの豪快なタックルをしようと思った」と負の連鎖はどこへやら。五輪V2、世界V7の女王オーラ満載で決勝のマットに立ち、「ずっと練習してきた」とこだわる両足タックルを皮切りに、昨年世界3位の景瑞雪(中国)相手に危なげない試合でストレート勝ち。女子初の偉業を難なく達成したのだ。

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著者プロフィール

栃木県宇都宮市出身。作新学院高〜青山学院大・文学部史学科卒業。高校まで剣道部に所属し、段位は2段。趣味は、高校野球観戦弾丸ツアーと、箱根駅伝で母校の旗を携えての追っかけ観戦

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