起死回生の冒険に挑む新生レ・ブルー=地に堕ちた元王者がユーロで復活を目指す

結城麻里

悪夢ふたたび?

チームを立て直したブラン監督。予選を首位通過し、現在まで21試合無敗を記録するなど、ユーロに向け国民に大きな希望を与えている 【写真:PanoramiC/アフロ】

「ええっ、またKで始まってAで終わる!?」

 フランス人はこの“発見”に、思わずドキッとし、苦笑したところだ。“地獄”を見た2010年ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会のベースキャンプ地が、「KNYSNA(ナイズナ)」。“地獄からの生還”を目指す今回のユーロ(欧州選手権)2012のベースキャンプ地が、「KIRCHA(キルシャ)」というつづりだからである。

 指摘したのは、今回わたしが翻訳に携わった『レ・ブルー黒書――フランス代表はなぜ崩壊したか』の著者で、20年以上も『レキップ』紙の代表番を務める有名記者、ヴァンサン・デュリュック氏だったため、この話題は数日間、折に触れて浮上。カルテジアン(デカルト的合理主義者)のフランス人が、こんな小さな符合にまで反応するほど、2年前の記憶は黒いトラウマになっているのである。

 なにしろ、選手が監督に侮辱の言葉を吐いて追放されたあげく、残った選手たちもW杯史上初の練習ボイコット事件を起こし、さらには監督も握手拒否事件で世を騒がせ、結果は屈辱の「0勝1ゴール=グループリーグ敗退」。

 1998年には世界を制覇し、2000年にも欧州を制覇したあのきらめく「レ・ブルー」(フランス代表の愛称)が、見るも無惨な姿で瓦解し、世界中の笑いものになったのだから、人々のトラウマも深いはずだ。

わき上がる大きな希望

 とはいえ、今大会開幕を迎えたフランスには、“大きな希望”もわき上がり始めている。この2年間でチームが徐々に再建され、上昇気流さえ生まれているからだ。

 レイモン・ドメネク前監督から“がれきの野”を引き継いだローラン・ブラン監督が、謙虚でさわやかな風を吹かせ、「新生レ・ブルー」を率いて徐々に前進。ときに嵐に見舞われながらも今予選をダイレクトで突破したばかりか、フレンドリーマッチとはいえイングランド(2−1)、ブラジル(1−0)、ドイツ(2−1)といった大国も撃破して、本大会突入前のプレパレーションマッチ(強化準備試合)でも3戦全勝と、なかなかのダイナミズムをつくっているのだ。

 こうしてブラン体制になってからのフランスは、連続21試合無敗という記録を更新中で、ナイズナ後に21位まで沈んだFIFA(国際サッカー連盟)ランキングも、6日には14位まで持ち直した。これを高順位とみるかまだ低順位とみるかは評価が分かれるところだが、焼け野原だった“グラウンドゼロ”から見れば、予想以上の回復ぶりなのである。

 よって人々も、11日の初戦イングランド戦を前に、76パーセントが「勝つ」と予測。「勝てない」の20パーセントを大きく上回っている(『レキップ』紙世論調査)。人々は“希望”と“恐怖”の間で揺れ動きながらも、“恐怖”を払しょくして“希望を選択したい”と強く思っているのだ。

 専門家の意見も真っ二つだ。

 元代表選手のジャン=フランソワ・ラリオスは、「98年のエメ・ジャケ(当時の監督)と同じ歴史を書き込むと思う」とさえ断言。つまり優勝だ。元代表監督のジェラール・ウリエはそこまでは踏み込まないが、それでも「われわれは今ユーロで最も巨大なポテンシャルを持つチームのひとつ。ユーロ1996のグループをほうふつとさせる」と言う。つまりベスト4だ。

 これに対し、元代表選手のジェローム・ロテンは、「(大会)最後まで行くのは難しいと思う」と懐疑的。また98年世界王者で解説者のクリストフ・デュガリーも、「集団的にみて守備が良くない」と、かなり厳しい見方を開陳している。

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著者プロフィール

ジャーナリスト、翻訳家。フランス在住14年の経歴を活かし、フランスフットボール界に幅広い人脈を築く。エメ・ジャケ、ローラン・ブランらフランスフットボール界の重鎮をはじめ、フランク・リベリら選手も数多くインタビューした実績を持つ。ジネディーヌ・ジダン、ティエリー・アンリらのインタビューもコーディネートし、「ワールドサッカーダイジェスト」「週刊サッカーダイジェスト」「スポーツニッポン新聞」「スポニチアネックス」「スポルティ―バ」などで活躍する。

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