藤波辰爾インタビュー「本当の凄さを見せられるのは“これから”なんです」
藤波がデビュー40周年の歴史と未来の展望を語る 【(C)イープラス】
昨年5月にとうとうデビュー40周年を迎えると、ホームリングであるドラディションを始め、IGF、レジェンド・ザ・レスリングなど様々な団体でメモリアルマッチを行ってきた。
その記念ロードも4月20日に開催されるドラディション後楽園ホール大会でいよいよファイナルを迎える。藤波はもちろんメインイベントに出場。長州力&初代タイガーマスクとトリオを結成し、新日本プロレスで一時代を築いたTEAM2000の蝶野正洋&ヒロ斉藤&AKIRAと対戦する。また、同大会には藤原喜明の参戦や前田日明の来場も決定している。
充実した1年を締めくくる区切りの一戦を前に、藤波に現在の心境と今後の展望を聞いた。
「40年と言っても、まだ通過点という気持ちしかない」
橋本ジュニアとの対戦に目を細める藤波 【t.SAKUMA】
「本当にもう気が付けば40年という感じですね。自分の中ではデビューしたのが昨日の出来事のように思えていて、まだ通過点という気持ちしかないんだけど、関係者や知り合いからすると、“40年というのは凄いですねぇ”という話になるんですよ。確かに思い起こせば、1970年にプロレスの門を叩いた時はまだ16歳で、それからいろんなことがありましたけど、ただ当然まだ引退じゃないんで。これから続けていくわけだから」
――“私が生まれる前からプロレスをやっているなんて!”と驚いている若いファンも多いのではないかと思います
「そうなんですよね、そういう人が段々増えてきていて。聞いた話によると、日本のプロレス界で継続して40年間も現役を続けている人っていないんだってね。僕はたまたま早くしてこの世界に飛び込んだから、40周年を迎えられたけど、今後も40年という人は出ないだろうし。まあ、入門した時に力道山先生はもういなかったけど、馬場さんや猪木さんが活躍した黄金時代から、ある部分ではプロレスをほとんど見てきたわけだから、いい時代を過ごしてきたと思いますよ」
――この1年間は40周年記念として積極的にいろんなタイプの選手と対戦してきましたよね。体調もそれだけいいんでしょうか?
「そうですね。やっぱり試合をこなせばこなすほど体調は良くなるし、シングルをやれば自分に自信も付きますしね」
――長州力、ミル・マスカラスといった往年のライバルとはもちろん、意外にも若手選手との対戦も目立ちました
「僕が現役を名乗る以上、いつも顔見せじゃいけないんですよね。体力的にまだやれるのか。若手と肌を合わせることによって、なんて言うかな、自分自身をチェックするというか。例え、10分でも15分でも若い選手と対戦するのは、自分の中でのバロメーターですよ。そのつもりだから、あえて若手とのシングルマッチを入れているんですよね」
――若い選手の中には、藤波さんに憧れて対戦を希望してくる方も多いでしょうし
「周りがそういう風に思ってくれる、そして肌を合わしてくれるなんて、本当に幸せですよ。僕もやっぱり猪木さんが現役の時にやれて良かったと思うし、反対に馬場さんともジャンボ鶴田ともできなかったけど、それには悔いが残っているのでね。レスラーである以上、先輩と1回肌を合わせたいというのはあるでしょうから」
「“これぞ、プロレス”という部分を残さなくちゃいけない」
40周年興行ではライバル・長州がタッグ結成 【前島康人】
「今は積極的にドンドン飛び込んできますよね。僕らの頃は時代的にオーラみたいなものに圧倒される部分があったんだけど。先輩との初対戦となったら、自分は金縛りで身体が動かなかったんですよね。今は積極的に攻めてきますんで、“ああ、時代が違うな”っていう。昔は年功序列じゃないんだけど、お相撲の世界と同じように、先輩の付き人についてね。いろんな世話をしてから、やっと肌を合わせるわけだから、物凄い重圧感があったんだけど、今は付き人制度がないから、普通に対戦できるんですよね」
――それには良い部分、悪い部分があるんでしょうけど、今の藤波さんにとっては積極的な方がやりやすいのでは?
「今の僕にはありがたいですよ。変に気を遣って、遠慮されちゃうといい試合ができないですから。ここ数年で、現役バリバリでパワーのある大日本の関本(大介)君や、石川(晋也)君、あとは久々に戦ったAKIRA、大阪プロレスのゼウス君ともやったな。こうやって定期的にシングルをして、自分の身体をチェックするようにしてるんですよね」
――言い方はおかしいかもしれないですが、そうすることで若さを吸収すると言いますか(笑)
「そうそう。40年もやっていれば、だいたい何でもやってきているから、自分の記憶だけで戦うことはできるんだけど、やっぱりそれだけに頼っていると反応が遅くなっちゃうんですよね。そういう意味では、若い選手を相手にしておかないと、とっさに身体が反応しないんですよ」
――若い世代と対戦していく中で、“自分の役目”を考える時もありますか?
「今、プロレス界は非常に難しいんでね。昔からもう、僕らは組織改革とか、協会作りとか、サミットとか、いろいろと提唱したけれども、結局はダメだったと。このプロレス界は非常に難しいところなんだけど、ただ“これぞ、プロレス”という部分は残さなくちゃいけない。それを言葉にするとしたら、なかなか表現しづらいんだけど、やはり“プロレスとはなんぞや”というのをね。言葉にするよりも肌を合わせて、若手に教えていくのがいいのかなという。今はどうしても時代の流れでね、総合格闘技とかいろんなものが出てきて、プロレスの良さをみんな忘れちゃっているから」
――それを若い世代に伝承してもらいたいと
「受け継いでいくことが途中のあるところで途切れちゃったから。力道山先生がプロレスを創って、そこから馬場さん、猪木さんに伝わって。その下の僕らが教えてもらって、それからさらに下の人たちが入って。でも、僕らの下の時代は混乱期で、その繋がりが断たれてしまったからね。今、繰り広げられているプロレスは僕らが知っているプロレスじゃないもの。だからと言って、それが嘘だとかどうこうじゃなくてね。本来プロレスというのは、レスリングから入って、手を取り、足を取り。それで勝負がつかないから打撃技に入っていくというのが基本なんだけど、今はK−1じゃないけど、いきなり殴り合っていくとかね。今のプロレスは試合の組み立てとか、お客さんが見る部分を半減しちゃっているんじゃないかと思って。もっと奥が深いものなんだけどね、プロレスというのは」
――それを教えていきたいという気持ちもあるんですか?
「教えていくとは言いたくないんだけど、ただ“それを感じてくれれば”というね。プロレスというのは“古いか?新しいか?”ではないんですよ。今の時代の殴り合っているプロレスが新しくて、クラシックな動きが古い。そうじゃなくて、みんなレスラーのやることなんだから、古いも新しいもないんですよ。だから、本来のプロレスをもっともっと見直した方がいいよね」
――今のプロレスが失ってしまった部分ですね
「ビル・ロビンソンの腕を取った時の切り返しであり、カール・ゴッチの関節技とかね。それが段々とスタン・ハンセンのラリアットだったり、今のような腕っ節だけのプロレスになっちゃったからね」