松田直樹のいないアルウィンにて=松本山雅FC 1−2 SAGAWA SHIGA FC

宇都宮徹壱

大きく異なる「松田を失う」ということの意味

試合後のセレモニー。松本の加藤監督は、あらためて今季でのJ昇格をサポーターと松田のユニホームを前に誓った 【宇都宮徹壱】

 試合後、松本の選手とスタッフ一同が集まり、あらためて加藤善之監督が、サポーターにあいさつ。松田がいなくなっても、J昇格という目標達成のためにチーム一丸となって努力すること、そのために今後も応援をお願いしたいことを訴えた。さらに、ゴール裏のサポーターとのフォトセッションが行われ、すべてのセレモニーが終わったのは21時45分。試合開始時間が遅れたとはいえ、こんなに深い時間までJFLの取材をしたのは、もちろん初めての経験である。

「いろんな意味で、準備が難しい1週間でした」と、試合後の会見で加藤監督は切り出し、そしてこう続けた。
「選手たちの様子を見ながらトレーニングを続けてきましたが、精神的に普通の状態ではなかったです。(試合前に)もう少しリラックスして臨むように伝えたんですが、どうしても勝ちたいという気持ちが空回りしてしまいました」

 一方、前半終了間際に退場となった須藤も、反省しきりの表情でこう語る。
「みんな気持ちが入っていたと思うし、モチベーションやコンディションを上げていこうと準備をしていたんですが(勝とうとする)気持ちが空回りして、それを鎮めるのが難しかったです。いつも隣にいる人がいないというのは、今でも信じられないです」

 松田の衝撃的な死と、勝利をたむけたいという強い思い。それらがチームに計り知れない動揺とプレッシャーを与えたことは、もちろん勘案されてしかるべきだと思う。加藤体制になって初めて連敗し、しかも退場者2名を出すというふがいない内容だったにもかかわらず、それでもサポーターが選手たちに優しかったのも十分に理解できよう。

 松田を失ったことの喪失感は、松本サポーターのみならず、多くのサッカーファンの間で共有されている。でなければ、これだけのメディアがJFLの試合に注目することはなかったはずだ。とはいえ、一般的なサッカーファンと松本の関係者およびサポーターとの間で「松田を失う」ということの意味がまるで異なるという事実は、しっかりと銘記されるべきであろう。なぜなら、前者が松田を「思い出」として語っているのに対し、後者はさながら肉親のように「つらく厳しい現実」として、この状況を引き受けなければならないからだ。

心臓部を失った松本。昇格のための方策は2つ

ファンの心をわしづかみにしたまま、突如去ってしまった松田。その抜けた穴は、想像していた以上に大きかった 【宇都宮徹壱】

 この日の試合で明らかになったことは2点。松田の残した穴は想像していた以上に大きかったということ。そしてクラブは今後、おそらく重大な決断を迫られるだろう、ということである。「松田を失う」ということは、今の松本にとって「重要な戦力を失う」以上のダメージをもたらすこととなった。試合後の会見で加藤監督が「こだわって今年、補強した前提がある」と語っていたように、今季のチームコンセプトは、ほとんどすべて「松田ありき」であったと言っても過言ではない。

 もちろん、ベテランとしての経験値が期待されていたことは言うまでもない。だがそれ以上に、戦術面での松田への依存度は思いのほか高かった。ある時は3バックの中心として、ある時はボランチの一角として、まさに攻守の要としてピッチに君臨。その絶妙なポジショニングと高い戦術眼で、危機を未然に防いだり、中盤でボールを落ち着かせて両サイドに展開したり、さらには90分の中で攻守のリズムに変化を与えるなど、松田は文字通りチームの心臓部だった。ゆえに、松田の不在がもたらすダメージがいかほどのものであるか、容易に想像することができよう。

 松田を失った今、松本は根底からチーム作りを見直す必要に迫られている。なぜなら松田の代わりを務められる人材など、残念ながら今のチームにはいないからだ。今後、考えられる方策は2つ。松田の代わりを務められる人材を引っ張ってくること。あるいは、現有戦力で勝てる戦い方に方針転換すること。加藤監督は「今いるメンバーで何とかするしかない」と語っており、現実的に考えても後者の可能性が高い。問題は、加藤監督に「何とかする」力があるのか、そしてクラブがそれを見極めることができるか、であろう。

 松本にとり、今季は昇格に向けた勝負の年であったはずだ。だからこそ、JFLでは破格の戦力である松田を三顧の礼をもって迎え、長年チームを指揮してきた吉澤英生前監督をシーズン序盤で解任した。そしてチームは今まさに、松田直樹を失うという、未曾有(みぞう)の危機に直面している。果たしてフロントは、どんな決断を下すのだろうか。いずれにせよ、松田の死を乗り越えなければ、松本の今季の昇格は極めて厳しい。そのことは、クラブにかかわる誰もが認識しているはずだ。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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