松田直樹のいないアルウィンにて=松本山雅FC 1−2 SAGAWA SHIGA FC

宇都宮徹壱

天空に稲妻が走る中、沸き起こる松田コール

この日のアルウィンの入場者数は9890人。スタンドには横浜F・マリノスや日本代表のユニホーム姿も見られた 【宇都宮徹壱】

「マーツダナオキ 松本のマツダナオキ おれたちと この街と どこまでもー」

 そのコールが最初に発せられたのは、18時55分ごろのことであった。本来ならば、すでにキックオフから25分が経過している時間帯である。しかし「雷雲が付近で停滞している」ことを理由に、18時30分のキックオフは10分後に、30分後に、さらにそれ以降に繰り越され、発表のたびにスタンドからは「えーっ」という声とともにため息が漏れた。その後、しばらくの間アルウィンは、時折天空に走る稲光に「おおっ!」という歓声が挙がる以外、何とも奇妙な静寂が支配していた。だが、さすがにしびれを切らしたのであろう。バックスタンドのファンのひとりが松田直樹コールを始めると、やがてそれはバックスタンド全体に、そしてゴール裏へと広がっていき、ついにはスタジアム全体が松田コールで熱を帯びるまでになった。

 松田直樹の突然の死から3日後に行われた、JFL後期第6節。松本は首位のSAGAWA SHIGA FCをホームに迎えることとなった。松本は現在、暫定で9位。だが、2位の町田ゼルビアとの勝ち点差は5で、昇格圏内から絶望的な距離にいるわけではない。一方、首位のSAGAWAと2位町田との勝ち点差は8。こちらはほぼ独走態勢に入ったと言えよう。松本としては、首位SAGAWAの独走にストップをかけ、再び昇格圏内に近づくためにも、この試合を絶対に落とすわけにはいかなかった。そして当然ながら、選手ひとりひとりの胸に「マツさんのためにも」という思いがあったことだろう。

 この日の松本の勝利を望んでいたのは、サポーターやファンはもちろん、メディア関係者も同様であった。キックオフ1時間前の時点でのメディアの数は90(フリーランス含む)。今季の開幕戦やAC長野パルセイロとの信州ダービーをはるかに超える数字である。いつもはトップリーグを取材している中央のメディアも、美談と感動を求めて急きょアルウィンに駆け付けた。いつものリーグ戦であれば、落雷の危険を回避すべく、ゲームの中止もあり得たと思う(実際、同日開催された横河武蔵野FCとソニー仙台FCの試合は、雷雨のため前半終了時点で中止となっている)。だが、この日のゲームは、すでにいつものリーグ戦ではなくなっていた。主催者側も、その点に留意しながら大いに逡巡(しゅんじゅん)したことだろう。結局、当初の予定から1時間押しの19時30分、無事にキックオフを迎えることとなった。

2名の退場者を出して首位SAGAWAに手痛い敗戦

松本の攻撃陣で目立っていたのは、栃木SCから期限付き移籍した船山(32)。惜しいシュートを2本放っていた 【宇都宮徹壱】

 試合は序盤からSAGAWAのペースで進んだ。開始早々の9分、右MF大沢朋也のドリブルが起点となり、松本ゴール前でのパス回しから最後は大沢が右足ダイレクトでネットを揺らして先制点を挙げる。その後も、厚みのある攻撃から積極的にシュートを放つSAGAWAに対して、松本は防戦一方。時折カウンターから反撃を試みるものの、中盤からの展開が淡泊で、しかも前線でキープができないうちにボールを奪われてしまう。やはり両者の力の差は歴然であった。

 そうこうしているうちに、キャプテンマークを巻いたボランチの須藤右介が2枚目のイエローで43分に退場。この日の須藤は、いつも以上に気合が入っていたものの、気持ちの高ぶりを制御できない状態でうかつなラフプレーを繰り返してしまった。それにしても今季の松本は、あまりにもレッドカードが多すぎる。退場者を出したのは、これで3試合連続。結局、前半はSAGAWAの1点リードで終了する。

 後半、松本は積極的な攻めの姿勢を見せて、相手ゴールを目指した。5分、木島良輔(前半44分から途中出場)がドリブルでカウンターを仕掛け、ラストパスを受けた船山貴之が惜しいシュートを放つと、12分には右サイドバックの阿部琢久哉が遠めから果敢なミドルを打ってスタンドを沸かせる。そして13分、右ショートコーナーから北村隆二(後半開始時に途中出場)がクロスを供給し、これにセンターバックの飯田真輝が頭で反応。ついに松本が同点に追いついた。

 この時点で、1人少ない松本は完全にSAGAWAを圧倒していた。しかし、このまま勢いで押し切られる「門番」ではない。後半19分、旗手真也のFKを受けた大沢が、またしても右足で2点目を決めて松本を突き離す。この日のSAGAWAは、まったくもって容赦がない。しかも後半34分には、センターバックの多々良敦斗が2枚目のイエローで退場処分となり、とうとう松本は9人になってしまう。こうなると、もはやシステムも戦術も関係ない。とにかく1点がほしい松本は、終了のホイッスルが鳴るまでがむしゃらにゴールを目指すが、SAGAWAの守備の壁を9人で突き崩すのは容易ではない。

 ほどなくしてタイムアップ。サポーター、ファン、そしてメディア。スタジアムに詰め掛けた、多くの人々の期待に応えることはかなわず、松本はホームで手痛い敗戦を喫することとなった。試合終了直後、ピッチに倒れ込んだ松本の選手たちを、SAGAWAの選手たちが肩に手をやりながら慰めている。「弔い合戦」のような気持ちだけで勝てるほど、サッカーは甘くはない。完全アウエーの状態の中で、その事実を身をもって伝えた「門番」SAGAWAは、まさにこの日の勝者にふさわしい存在であった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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