首位の柏に染み渡る“ネルシーニョ・イズム”=好調は単なるフロックや勢いではない
けがの功名で習得したカウンター
戦況を見守るネルシーニョ監督。好調の要因は指揮官の手腕によるところが大きい 【写真:佐藤博之/アフロ】
「われわれは2年近く一緒に仕事をしてきた。やってきたサッカーを疑わず、選手もわたしの考えを理解している」
浦和戦後、記者から現在の好調さを問われたネルシーニョ監督は、自信に満ちた表情でそう答えた。
特に、この百戦錬磨の智将が根底からチームを作り変えた2010年は、柏にとって実り多き1年であった。「オーガナイズされた守備」と「クリエーティブな攻撃」を標榜(ひょうぼう)し、ブレのない確固たるチームスタイルを確立させた。
また、ポルトガル語で「勝利」を意味する“VITORIA”という言葉をチームスローガンに掲げ、「すべての試合をファイナルだと思って戦う」(ネルシーニョ監督)と結果にもこだわる戦いを続けた。今までの柏に欠けていた「勝者のメンタリティー」を植え付けると同時に、勝ち星を重ねていくたびに、選手たちはネルシーニョの説くスタイルに自信を深めた。登用するシステムも、サイドバックの攻め上がりを活用する中盤ボックス型の4−4−2を主体にしながら、中盤をフラット、ダイヤモンド、あるいは4−2−3−1といった計4つのシステムを使い分ける。
さらに、昨シーズンの柏は退場で選手を欠いてしまうケースが非常に多かった。本来J2ではポゼッションで柏を上回るチームはなかったのだが、こうした数的不利を、しかも千葉、甲府、そして天皇杯3回戦では神戸といった相手に強いられたため、「耐えてカウンター」というしたたかな部分を習得できたのは、まさに“けがの功名”と言うべきだろう。
指揮官が求めるポリバレント性
大谷秀和がこう語るように、昨年1年間の濃厚な経験が、柏の選手たちのプレーの幅を広げたのは言うまでもない。中断明けの第7節の大宮戦では、システムを4−4−2から4−2−3−1へと変え、不出来な前半から一転して後半は柏がペースを握った。結局、1−0で勝利を挙げたこの試合は“ネルシーニョ・マジック”と称され、指揮官の采配(さいはい)の妙が大きく取りざたされた。それは同時に、システム変更を実行できる戦術眼と柔軟性が選手たちに備わっていることを意味するものではないか。また、第8節の甲府戦では、ゲーム終盤に選手の判断で意図的に中盤の並びを変えることで、サイドからのクロスボールの出どころを抑えた。結果的に、この試合でも柏はハーフナー・マイクへのパワープレーを封じて勝ち切っている。
翌日、ネルシーニョに呼び出された大谷は、監督の指示もないのに並びを変更した点について、「怒られるのかと思いました」と笑みを見せて回想する。だが、むしろ指揮官はその考えに理解を示し、「選手たちが考えてピッチ上でアレンジを加えるのは構わない」と許可を与えたという。これも、選手と監督との信頼関係がなせる業だろう。柏には、間違いなく“ネルシーニョ・イズム”が深くまで染み渡っている。
こうしたチームに浸透するネルシーニョ・イズムをさらに盤石にするために、柏が今シーズンに行った補強は実に明快である。シーズン始動当初、新加入選手について話を聞いた際に、小見幸隆強化本部統括ダイレクターは「1つのポジションしかできない者を、ネルシーニョは“サッカー選手”と認めないから」と冗談交じりで話していたのだが、どうやらネルシーニョから強化部に、「複数のポジションをこなせる選手」という要求があったようだ。
かつてイビチャ・オシム氏が日本代表監督を務めていたころに“ポリバレント”という言葉が頻繁に用いられたように、ネルシーニョが新戦力に求めたのも、まさにそんなポリバレント性だった。ジョルジ・ワグネルは3つ、アン・ヨンハ、増嶋竜也、中島崇典は2つのポジションをこなせる。兵働昭弘は中盤ならばどこでもできる。彼らがチームにフィットすれば、ネルシーニョの下す采配の選択肢はおのずと増え、勝利の確率はグッと高まるというものである。