高橋尚成とハンターの精神がエンゼルスを救う=2011年米大リーグキャンプリポート Vol.2

出村義和

「何だってやる」

昨季は3位に転落。復活を懸けて新シーズンに臨む 【写真は共同】

 アリゾナ州テンピにあるエンゼルスのキャンプ地は落ち着きを取り戻していた。毎朝、松井秀喜の個別のコメントを取るために列をなしていた日本人メディアは、今年は大挙してアスレチックスのキャンプ地フェニックスに移動。ここには10人足らずの地元メディアと、高橋尚成が投げるときに訪れる数人の日本人メディアがいるだけ。両方の人数を合わせても、昨年の半数にも及ばない。

「あれ(松井の移籍と、日本人メディアの取材攻勢)は楽しい体験だったよ」と、クラブハウスのロッカーが松井と隣り合わせだったトリー・ハンターは、相変わらず人のよさそうな笑顔を浮かべる。ところが、急に真顔になって、次のように言った。
「しかし、シーズンは楽しいとはいえなかった。チームがあんな成績で終わるなんて……。悔しい。それを今年は絶対に晴らしたい」

 4年連続の地区優勝を阻まれただけでなく、7年ぶりの負け越し。エンゼルスは攻撃面、守備面とも精彩を欠き、持ち味の安定感のある野球ができないまま3位に転落した。
 マイク・ソーシア監督はチームのテコ入れのために、8月に入ってから異例ともいえるコンバートを断行した。若手の俊足ピーター・ボージャスを中堅のレギュラーで起用するために、9年連続ゴールドグラブ賞のハンターを右翼に回したのである。
「シーズン途中での転向は肉体的には問題なかったが、精神的には正直なところキツイ部分もあった。しかし、若い選手を登用することはチームのために必要なことだった。転向したことで、10年連続のゴールドグラブ賞はあきらめなければならなかったが、オレはこれまで9回も取っているし、オールスターにも4回出場した。でも、チャンピオンリングはゼロ。1回もない。ゼロだよ。だから、転向を受け入れた。リングを手に入れられるなら、オレはこれからも何だってやるよ」

「あらゆる役割を引き受ける」

捕手のマシスとコミュニケーションをとる高橋(左)。チームにとって貴重な存在となりそうだ 【写真は共同】

 チームリーダーらしい頼もしい発言だが、もうひとり同じようなことをいう選手がいる。昨年メッツでリリーフ、先発と獅子奮迅の活躍をみせた新加入の高橋だ。ソーシア監督の構想では「6回から9回のどこかで投げる救援投手」ということなのだが、先発で投げることも視野に入れている。
「昨年はマイナー契約で、今年はメジャーの2年契約。確かに、契約上の立場は変わったけれど、現段階ではチーム内の立場が確立されたわけではない。その点でいえば、メッツにいたときと同じ。チームからここでいってくれと言われてやったことが評価されて移籍しているわけですから、僕のスタンスは基本的に変わらない。言われたらブルペンのあらゆる役割を引き受けるし、先発陣に故障者が出れば、先発もやりますよ」

 昨年の高橋は、中継ぎロング、セットアップマン、クローザー、そして先発をこなした。投手の分業細分化が進むメジャーでは実に稀有(けう)な投手だ。
「彼はスーパーユーティリティーピッチャーだね」と、形容するのはレギュラー捕手のジェフ・マシスだ。内外野をこなす万能型選手はスーパーユーティリティープレーヤーと呼ばれるが、高橋はその投手版というわけだ。
「とにかく制球力が素晴らしい。あのスクリューボールのようなチェンジアップを投げられる投手は珍しい。彼ならどんな役割だってこなせる」と、マシスは太鼓判を押す。
 高橋は、投手陣の中のハンターのような存在といってもいい。こんなふうに言うのだ。
「チームのピンチのときに、こいつに任せられるという立場を確立したい」

 犠牲的精神を発揮する選手が投打にいるという意味は、決して小さくはない。もともと団結力を誇るチームだ。この2人のスピリットが浸透すれば、最後まであきらめない強いエンゼルスの復活につながるかもしれない。
「いいチームだよ。十分に優勝を狙えるよ」と、松井が使っていたロッカーの主となった移籍の大物外野手バーノン・ウェルズはいう。このベテラン外野手も移籍をきっかけに中堅から左翼に転向する。
「勝つことが何よりも優先される。自分のことよりチームのことの方が大事だよ」
 こんな選手がひとり、ふたりと増えてくれば怖いチームになるに違いない。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。長年ニューヨークを拠点にMLBの現場を取材。2005年8月にベースを日本に移し、雑誌、新聞などに執筆。著書に『英語で聞いてみるかベースボール』、『メジャーリーガーズ』他。06年から08年まで、「スカパー!MLBライブ」でワールドシリーズ現地中継を含め、約300試合を解説。09年6月からはJ SPORTSのMLB実況中継の解説を務めている

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