A・ロッド、史上最年少600号の光と影

出村義和

計り知れない可能性を持っていた若手時代

600号本塁打を達成し、声援に応えるA・ロッド 【Getty Images】

 ヤンキースのアレックス・ロドリゲス(以下A・ロッド)が8月4日(現地時間)、大リーグ史上7人目の通算600本塁打を記録した。白球はニューヨークの夏空に弧を描き、ベーブ・ルースらヤンキースの名選手をたたえたセンター後方のモニュメントパークへ一直線に向かっていった。走者として出塁していたデレク・ジーターがホームで出迎える。そして、超満員のスタンドから沸き起こる拍手の中で、世紀をまたいでファンを熱狂させてきた2人のスーパースターがハグする。まさに、絵に描いたような光景。しかし、これは果たして快挙なのだろうか――。

 取材をしていて、いつまでも記憶にとどまっているシーンや、言葉というものがある。そのひとつがA・ロッドを初めて取材した1996年、ヤンキー・スタジアムとフェンウェイ・パークで2日続けて見たセンターへのマンモス級のホームランだ。まだ20歳、マリナーズ期待の若手でメジャーフルシーズン1年目のことだ。

「ヤツの可能性は計り知れない」
 試合後、当時のマリナーズ監督、ルー・ピネラ(現カブス監督)の発したひと言が今でも耳に残る。強烈なインパクトだった。だから、その年ヤンキースのレギュラー遊撃手の座についたデレク・ジーターとともに、特別の注意を払って見てきた。
 確かに、A・ロッドはその素質を見事に開花させた。そして、その結果として、2000年にはプロスポーツ史上最高の10年2億5200万ドル(当時のレートで約280億円)という途方もない契約をレンジャーズと結んだ。この金額については意見の分かれるところだろうが、あの時点のA・ロッドには少なくても史上最高額をオファーされるだけの価値は十分にあるように感じられた。

 01年のスプリングトレーニング。アリゾナはイチローを追う日本メディアで大フィーバーしていたが、フロリダではA・ロッドを迎えてレンジャーズのキャンプ地ポートシャーロットが沸き立っていた。キャンプ初日の会見には200人を超えるメディアが殺到した。それだけの人数を収容できる会見場所がなく、メイン球場のベンチ上にイスを置き、集まったメディアは客席に座るという珍妙な形で行われた。
「常に謙虚な気持ちでプレーしたい」と、A・ロッドは何度も繰り返していたのが印象的だった。

「単なる数字」という声も

 その9年後のキャンプイン直前、彼はテレビのインタビューで、前々日に発売された雑誌のスクープ記事に答える形で、レンジャーズに在籍していた01年から03年まで、違反薬物を使用していたことを告白し、謝罪した。聞き手は著名なスポーツキャスターではあったが、同じ代理人(あとで知ったことだが)ということもあってか、突っ込み不足の内容で、不透明な部分がかなり残るものだった。しかし、A・ロッドはその後、ほかのメディアに対応することなく、痛めていた右臀(でん)部の手術とリハビリのためにコロラド州デンバーに姿を消してしまった。

 その間、いわゆる暴露本などでヒト成長ホルモンの使用疑惑や、MLB機構が薬物規定を設け、罰則を与えるようになった05年以降(それ以前は不問に付していた)の使用も取沙汰された。だが、そのことに明確に答えようとはしないまま現在に至っている。

 35歳と8日での600号到達は、ベーブ・ルースの36歳と196日を抜く最短記録である。通算500号を達成した日から、ちょうど3年で大台に乗ったことを考えると、700号が達成されるのは2013年が有力だ。そして順調に行けば、バリー・ボンズが持つ762本のメジャー記録を抜くのは、A・ロッドが41歳になる2015年ということになる。
「間違いなく特別な数字だよ」と、599号から12日間もかかって600号にたどり着いたA・ロッドは言った。

 しかし、こんな感想を漏らした人物もいる。ヤンキース時代に完全試合を達成したことのある、一言居士として知られるデービッド・ウェルズだ。
「オレは打者、投手を問わず、記録をつくった選手を称賛する。でもな、汚い手を使うヤツのつくった記録は単なる数字にしかすぎねぇ」
 A・ロッドに8本のホームランを打たれた投手だが、悔し紛れのセリフと単純に片付けられないものがある。新記録を達成する日がきたとき、人々は心から喝さいを送るのだろうか。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。長年ニューヨークを拠点にMLBの現場を取材。2005年8月にベースを日本に移し、雑誌、新聞などに執筆。著書に『英語で聞いてみるかベースボール』、『メジャーリーガーズ』他。06年から08年まで、「スカパー!MLBライブ」でワールドシリーズ現地中継を含め、約300試合を解説。09年6月からはJ SPORTSのMLB実況中継の解説を務めている

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント