“インディー格闘家”入江秀忠、メジャーへの道最終章 「SRC13」最終決戦、そして伝えたかったもの

入江秀忠

入江がキングダムのメーンテーマとともに入場 【入江秀忠】

 終わった、すべてが……。おれは東京・両国国技館の天井のライトを薄れゆく意識の中で眺めながら、そう感じていた。
 おれはいよいよ念願のメジャー団体、SRCでのデビューを国技館の控え室で待つのみとなっていた。少々くどいようだが、思えばここまで来るのには遥か遠い道のりであった。試合に向けた練習では、これはもしかして死ぬのではないか? と思うほど、40代の体を特訓で痛めつけ今日ここにやってきている。実戦からはかなり遠ざかっているので、パフォーマンスを発揮できるかと少々不安がある以外はとても落ち着いていられた。

 両国か……。おれは20年以上前、相撲界にお世話になっていたことがあった。先代の佐渡ヶ獄親方を頼り、入門はしたものの土俵上から勝利した相手にドロップキックを放ってしまい、前代未聞の大事件をおこしてしまったのだ。そんなおれの格闘技人生の締めくくりとなるかもしれない場所が、この両国国技館とは運命とはいえ皮肉なものである。
 しかし本当に遅ればせながら、41歳でこんなにも熱い、そして本当の青春といえるような体験できたことにはとても感謝はしていた。だけど、今のこのおれの置かれている状況は、映画でもドラマでもない現実である。格闘技はそんなに甘くない。やがて来るそのリアルからはもう逃げ場はどこにもなかった。

夢をかなえに いざ、決戦の時

「SRC13」のリングに上がる入江、念願のメジャー大会出場を果たした 【入江秀忠】

 試合開始の5分前、おれはガウンの上にたすきがけをした。韓国のグラジエーターFCの時のダン・スバーン戦、そしてあのDEEPのメーンイベントでの桜木祐司戦以来、大一番でしかしないおれの覚悟だった。
 キングダムのベルトを腰に巻き終えた頃、まもなく試合の開始のコールが場内に流れた。生まれてはじめて取った煽り映像が流れ(もっとも、佐伯繁DEEP代表が勝手に流したものは除く)、「青コーナーより“ミスターインディー”入江秀忠選手の入場です」というリングアナのコールのあと、キングダムのメーンテーマがついにメジャーの会場で流れた。
 そして、それを合図におれ達はごく自然に円陣を組んだ。
「いままで、本当にいままでよくついてきてくれた。おれはお前らと出会えただけで格闘技をやってきて良かったと思う。旧キングダム時代はずっと一人だったから。リングにいるのはチャンピオンだから、苦しい試合になると思う……だけど、何があってもあきらめないぞ、いくぞ!」
 全員で咆哮を上げたあと、おれはメジャーへの花道に向かった。もう、忘れ物は何もなかった。

 ライトアップされた花道を歩くとリングサイドには、このメジャーへの道を歩くきっかけになった谷川(貞治K−1プロデューサー)さんの姿も見えた。絶叫でアナウンスしてくれているアナウンサーの隣には、秋山(勲成)選手の姿も見える。リング下のコーナーでいつもどおりにひざまずき、祈りを捧げるとおれはいよいよリングマットをしっかりと踏みしめ、メジャーへの挑戦に立った。

 そしてついに試合開始のゴングは鳴り、1Rから心に決めていた決して後ろには引かない試合展開となった。相手のパンチをかい潜りながら、果敢に前に出ている自分に驚きもあった。人間、腹が決まれば怖いものはなくなる。2R中盤に一度だけ寝技になる機会があったが、すぐにブレイクがかかってしまった。くそ、あんなに練習したのにもう乳酸が腕にたまっていやがる。もう、多分寝技のチャンスはこないな。おれに残された道はスタンドの打撃での特攻しかなかった。

FINALRound

川村に敗れてリングを後にする入江へ大きな拍手が送られた 【入江秀忠】

 川村選手のパンチが幾度となくおれを襲った。しかし絶対に倒れられない、いや簡単に倒れられるものか! まだ、やりきってないだろ“インディー格闘家”。まだ、伝えきれてないだろこの気持ちを。おれはけして得意と思ってなかった打撃で必死に立ち向かっていた。

 あ〜、燃えきったよ。もう、なんにもない……。おれは両国国技館の天井のライトを薄れゆく意識の中で眺めながら、そう感じていた。最後はレフリーがストップした、と思う。試合終了のゴングとともに、おれはリングにひれ伏したように思う。その時、おれは何を考えたか思い出せずにいる。ただ届かなかった悔しさとか、相手に対する憎しみとかまるでなかった事を考えればきっと満足したんだろうな。

 リングを降りたおれに大きな拍手はなりやまなかった。キングダムやDEEPでたとえ勝利したとしても、こんなに称賛されたことはなかった。試合後にこんなにも写真や、サインを求められたこともあまり記憶がない。まったくおれらしいよな、最後にこんなのにも人々から認められたのだから。きっと、いい試合ができたのかな? みんなに伝わったのかな? リング外のはるかなる思いが。

 試合前、一番心配したことだった。ただ、ほぼ被弾によって意識がなかったおれを、レフリーが試合を止めるまでリングに立たせていたものは周りの人達の支えの力だったんだろうな。川村選手のサポートでリングを降り、まわりを見渡すと今まで自分を必死で支えてくれた人達の笑顔が見えた。ちょっと安心し、涙がこぼれた。もう旧キングダム時代、ロッカールームに一人でいた頃のおれじゃない。おれには帰る場所もたくさんの仲間もいる。

 さあ、胸をはって帰るか。おれは最後に両手を高々と上げて、歓声に応えると両国国技館と“メジャーへの道”に別れを告げた。

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著者プロフィール

1969年6月17日 生まれ。長崎県出身。キングダムエルガイツ代表。インディ格闘家・プロレスラー

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