史上最強の韓国代表、国中を沸かす“赤い熱狂”=脚光を浴びるホ・ジョンム式リーダーシップ

慎武宏

2002年以上の快挙

韓国は1勝1分け1敗で決勝トーナメント進出。海外でのW杯で初の16強入りを果たした 【Photo:AP/アフロ】

 国中が赤く染まった2002年ワールドカップ(W杯)・日韓大会から8年。再び韓国が“赤い熱狂”で沸いている。6月23日早朝、テレビもラジオも新聞もインターネットも、W杯・南アフリカ大会の話題で持ち切りだ。その盛り上がりぶりは、02年に匹敵するどころか、ある意味ではそれ以上の快挙としてたたえられていると言っても過言ではないかもしれない。

「遠征W杯で16強 大韓民国、“奇跡の朝”」(『朝鮮日報』)
「56年目に達成した遠征W杯での16強進出!」(『連合ニュース』)
「韓国サッカー、黒い大陸で新しい歴史を刻む」(『ヘラルドニュース』)
「ついに16強、韓国全土、熱狂のるつぼ」(『連合ニュース』)

 8年前は地元開催で、ホームアドバンテージが有利に働いただけではなく、国中の熱狂に後押しされた部分もあった。だが、今回は違う。縁もゆかりもないアフリカ大陸での開催。韓国から遠く離れたアウエーでのW杯で、初めてグループリーグ突破の快挙を成し遂げただけに、その喜びもひとしおだ。

韓国サッカーの成長を実感

 韓国警察庁の推測発表によると、韓国の初戦となったギリシャ戦では全国287カ所で100万人強、アルゼンチン戦では200万人強の市民が“街路応援”と呼ばれるパブリックビューイングに参加したそうだが、グループリーグ最終戦となったナイジェリア戦は、深夜3時30分のキックオフにもかかわらず、全国58カ所で50万1800人(警察庁推測)の人々が韓国代表に熱い声援を送ったという。試合直後にソウルから国際電話をかけてきた旧知の記者も、「だから言ったじゃないか。韓国は突破するって!」と興奮気味だった。

 結果論になるが、韓国は期待通りの成績を残したのではないか。何しろ「韓国代表史上最強」と呼ばれるチームである。史上最強とされるゆえんは、パク・チソンを含めた海外組の多さ(10名)、イ・チョンヨン、キ・ソンヨンら若手の台頭とイ・ヨンピョ、チャ・ドゥリらW杯経験者たちの存在感が調和し、「若手の覇気とベテランの知恵と経験が融合している」ためだが、その看板通りに初戦のギリシャ戦でも2−0の勝利を飾った。その堂々たる戦いぶりはアジアレベルを抜け出した印象すら与えた。
 だが、続くアルゼンチン戦では1−4の大敗。優勝候補にも挙げられているタレント集団に真っ向勝負を挑んだ代償とはいえ、4失点は「墳敗」と報じられた。その大敗のショックを引きずらず、大一番のナイジェリア戦できっちり結果を残したところに、今の韓国代表の強さを感じずにはいられない。

 国内ではナイジェリアに引き分けても、ギリシャ対アルゼンチンの結果次第ではグループリーグ敗退もあり得る状況に立たされたことで、1勝1分け1敗でもグループリーグで敗退したドイツ大会の悪夢の再現を心配する声もあった。そんな不安を増長させるように、ナイジェリアに先制点を許したが、セットプレーから同点に追いつき、後半にはパク・チュヨンのFKで勝ち越し。後半24分のPKで追いつかれるも、ナイジェリアの攻撃をしのぎ切り、グループB2位で決勝トーナメント進出を決めたのだから、韓国サッカーの成長が感じられる。
 1996年から韓国代表を追いかけてきたが、今のチームは伝統の「運動量」や「精神力」だけでなく、「うまさ」と「したたかさ」と「たくましさ」を備えている。

「“堂々と愉快な挑戦”はこれからも続く」

ホ・ジョンム監督に率いられた「史上最強」チームはどこまで勝ち進むのか。“赤い熱狂”は続く 【Getty Images】

 個人的に感慨深いのは、指揮官ホ・ジョンムがついに大輪の花を咲かせたことだ。現役時代はオランダのPSVでプレーし86年W杯・メキシコ大会にも出場したホ・ジョンム監督だが、同時代に活躍した国民的英雄チャ・ボングンの存在が大きすぎて、いつも「ナンバー2」だった。指導者になってからも「成功」には恵まれず、98年10月から2000年10月まで韓国代表を指揮したときはシドニー五輪でグループリーグ敗退、アジアカップ3位に終わり、追われるような形で代表監督の座から退いている。そのため、07年12月に再任したときも「失敗した代表監督」のイメージを払しょくできず、“死の組”とされたW杯・アジア最終予選を突破しても人気は一向に高まらなかった。

 それは、特別な戦術もさい配の妙もない彼自身にも原因があったが(実際、今大会でも交代カードの切り方などさい配の妙は見られない)、「韓国人監督よりも外国人監督の方が優れている」という国内世論が潜在的に抱いていた偏見もあった。しかし、そうした偏見とネガティブイメージに耐えながら、若手を積極起用し、パク・チソンをキャプテンに指名。上意下達式のチーム運営ではなく、選手たちとの意思疎通を重要視し、必要以上に負担やプレッシャーを与えず、むしろ「W杯を楽しもう」という檄(げき)を飛ばしながらチームをポジティブな方向へと導いた。韓国では、このホ・ジョンム式リーダーシップが「ベスト16進出の要因だ」とし、「ホ・ジョンム、名実ともに国内最高監督に」と、たたえる記事が続出している。

 そのホ・ジョンム監督は、大会前にこんなことを言っていた。
「われわれはW杯で事故(=サプライズ)を起こす準備ができているし、その資格もある。“堂々と、そして愉快な挑戦”にしてみせる」
 サプライズを事故に例え、真剣勝負を楽しむようなこの独得の言い回しは発言当初、一部ファンの間から失笑を買ったが、グループリーグ突破を決めた今、各種メディアでは「“堂々と愉快な挑戦”はこれからも続く」と、かなり前向きだ。「夢はかなった。この勢いで8強へ行こう!」(『連合ニュース』)「神話は今から始まる。“アゲイン2002”」(『毎日経済新聞』)など、威勢のいい見出しが飛び交っている。

 果たして、韓国代表はどこまで勝ち進むことができるだろうか。国中を沸かす“赤い熱狂”はまだまだ収まりそうにない。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。著書『ヒディンク・コリアの真実』で2002年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書に『祖国と母国とフットボール』『イ・ボミはなぜ強い?〜女王たちの素顔』のほか、訳書に『パク・チソン自伝』など。日本在住ながらKFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)に記者登録されており、『スポーツソウル日本版』編集長も務めている。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント