回り道を経てイチローが達成した大記録=ICHIRO Decade 2004

木本大志

射程圏にとらえても葛藤

ホーム最後の3連戦の初戦、第2打席で大記録を更新したイチロー 【Getty Images】

 5月、イチローは01年8月以来となる、2度目の月間50安打をマークして、呪縛(じゅばく)から解き放たれている。

 イチローが「定義にもよる」と前置きしながら、珍しくこのときの状態を「絶好調だった」と後に振り返ったほどだ。

 反動のように6月は29安打に終わるも、7、8月は再び月間50安打以上を記録して、シスラーが1920年に記録した257安打という年間最多安打を射程圏にとらえた。
 ただ、本人の言葉を借りれば、「できるかな、できない」と日々、葛藤(かっとう)が続いたそうだ。

「具体的にイメージするようになったのは、当然200本を超えてから。『普通にやっていけばできるかもしれない』――そんな風にも考えたんですけど、この前のホームではなかなかヒットが出なかったんで、厳しいかなあって逆戻り。でも、アナハイムで5本、4本とヒットが出て、その時にまた『可能性が出てきたな』って思いましたね」

 8月26日に4年連続の200安打を達成。この時点で残り試合は36。シスラーの記録到達には、1試合平均1.58本の安打が必要。ただ、イチローが振り返ったように、9月6日からの地元13試合で12安打。無安打が5試合もあった。
 しかし、続くアナハイムでの3連戦では、3試合で11安打の固め打ち。「可能性が出てきた」

 この時点で247安打。記録まで10安打。残り試合は10試合。残りの数が並んだ。

 そこから、最低1安打というノルマを確実にクリアしたイチローは、残り1本として最後のホームゲームに臨む。その試合の初回にタイ記録となる257本目のヒットを放つと、2打席目にシスラーを超えた。

「勝つことだけが目的の選手だったら不可能」

 イチローは、この記録にさまざまな思いを重ねたという。そのときの印象深いコメントを、やや長いが紹介する。

「今シーズンに限って言えば、チームが勝てない状況が最初から続いて、そこに身を委ねることができなかった。自分のなかからモチベーションをつくり出していかなければならなかったですし、ただそれっていうのはこれまでもやってきたことなので、人が心配するほど大きな力はいらなかった。
 今シーズン、ここまで来て思うのは、プロとして勝つだけが目的ではないということ。これだけ負けたチームにいながら、最終的にこんな素晴らしい環境の中で野球をやれているということは、勝つことだけが目的の選手だったら不可能だったと思うんですよね。プロとして何を見せなくてはいけないか、自分自身が何をしたいか、ということを忘れずにやらなくてはいけないということを、自分自身が自分自身に教えてくれたような、そんな気がしています」

 冒頭で触れた4月の“回り道”についても、こう言っている。

「僕にとっていい経験だったと思ってます。決して無駄なことではないですし、野球っていうのは無駄なことを考えて、無駄なことをしないと、伸びない面もありますから」

 ときには無駄も人生の糧。それは人生そのもの。イチローはそれをあらためて教えてくれた。

 さて09年7月、セントルイスでオールスターゲームが開かれたが、このとき、イチローはダウンタウンから車で30分ほどのところにあるシスラーの墓を訪れたそうだ。

 イチローが訪れたという日の夜、ホームランダービーを抜け出して墓地に寄れば、シスラーの墓石の上にきれいな百合の花が、そっと置かれていた。

〜Decade 2005に続く〜
<2004 NOTES>

◆200安打達成
日付:8月26日/125試合目(チーム126試合目)
対戦チーム:ロイヤルズ
対戦投手:ジェレミー・アフェルト
結果:センター本塁打

◆シーズン成績
打率:3割7分2厘
安打数:262(メジャー記録)
タイトル:首位打者、最多安打、ゴールドグラブ、オールスター出場

◆マリナーズ成績
63勝99敗(ア・リーグ西地区4位)
監督:ボブ・メルビン

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