球界に大きな衝撃を残した松井秀のMVP
打席前から勝負がついていたペドロとの対決
第6戦で、第2戦に続き再びマルティネス(手前)から本塁打を放った松井秀 【Getty Images】
メジャーを代表する投手であり続けている理由について、筆者なりの解釈を本人にぶつけたときのことだった。同じ相手でも、ある試合ではシンカー主体、別の試合ではカッター主体と幻惑してくる。これは長いスパンで対戦相手をとらえているから取れる戦略に違いない。つまり、ある試合でのシンカー主体の投球は、別の試合でカッター主体の投球で抑えるための“まき餌”なのではないかと思ったのだ。
「まき餌」という日本語を「scattered food」(小鳥を集めるための餌)と直訳したのがマズかった。主旨を説明するとようやく理解してくれた様子で、少しホッとしたような笑みを浮かべてこう答えてくれた。
「詳しいことは言えないけどね。ただ、相手に必要以上に考えさせることができたら有利にはなるんじゃないかな」
ヤンキースの3勝2敗で迎えたワールドシリーズ第6戦。松井秀喜のワンマンショーになった中で、通算219勝を誇るフィリーズの先発ペドロ・マルティネスとの2度の対戦は、打席に入る前から勝負は松井に軍配が上がっていたようにさえ見えた。
<第1打席>
0対0、2回無死一塁。全8球の配球は(1)ストレート(2)ストレート(3)ストレート(4)ストレート(5)ストレート(6)カッター(7)カッター(8)ストレート。結果は右越え先制2ラン。
<第2打席>
2対0、3回2死満塁。全3球の配球は(1)カッター(2)ストレート(3)ストレート。結果は中前2点適時打。
記者仲間と話をしていて、ほぼ全員と意見が一致したことがある。
「ペドロはなぜ1球もオフスピードのボールを投げなかったのか?」
1回にはジョニー・デーモン、マーク・テシェイラをチェンジアップで空振り三振に打ち取っているし、カーブにしてもキレは悪くなかった。それでも、マルティネスは松井に対して緩いボールを投げなかった。いや、投げたくなかった、というのが正解だろう。
松井は第2戦でマルティネスのカーブをすくい上げて、決勝打となる右越え本塁打を放っている。それが“まき餌”になった。松井に聞けば恐らく否定するだろう。ただ、結果的にではあっても、第6戦での大爆発につながったとみて間違いない。第2打席ではカウント2ストライクに追い込みながら、フィリーズ内野陣がマウンドに集まった。話し合いの内容は知るべくもないが、ハラデーが言うところの「相手に必要以上に考えさせた」点で、勝負はすでについていたように思える。
松井自身も認めた“見えない力”の後押し
「どういうわけだか、このシリーズでは合いましたよね」
「信じられない。自分でもビックリしてます」
「予想もしてなかったですから。何かそういう力が働いたのかもしれない」
野球の神様か、勝負の女神か。“見えない力”の後押しを松井本人も認めるしかなかった。指名打者制がないためスタメン出場できなかった敵地で決まらなかったこともお膳立ての一部だったのか。今考えれば、シリーズの流れが「松井=MVP」に向かっていた。ベーブ・ルースやルー・ゲーリックが憑依したのではないか。陳腐な表現だが「神がかり」という以外にない内容だった。
日本のメディアだけではなく、地元メディアの派手な取り上げ方は、ここであらためて書くのがはばかられるほどだ。もちろん、来季の去就について触れないメディアはないほど注目は集まっている。残留か、退団か。球団の方針が決まっていない現時点では、どの論調も予想や期待、憶測の域を出てはいない。
ブライアン・キャッシュマンGMは、試合終了直後にこう話した。
「これから会議で話し合うし、その手の話はまだしていない。みんなで祝福している今は、それを考える時間じゃない」
一方で松井はMVPのトロフィーを受賞した後、全米中継されたヒーローインタビュ−でヤンキース残留の意思があることをはっきりと明言した。
「そうなればいいですね。ニューヨークが好きだし、ヤンキースが好きだし、チームメートもファンも大好きですから」
慣例的にもメジャーの残留・移籍交渉がスンナリと収まるとは考えにくく、松井がどの選択肢を選ぶにしても、そう簡単にはまとまらないだろう。ただ「ワールドシリーズMVP」という肩書きは、ヤンキース首脳だけではなく他球団にも大きな衝撃を残したことだけは間違いない。
<了>
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ